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第18話

「そんな理由なら、退いてくれない?」 小さく動く、赤い唇。 この暗闇の中でも解る程、血濡れたように鮮やかで、艶やかに見える。 「……」 ……はぁ、はぁ、はぁ、 今まで感じた事のない、高揚感。 身体中に張り巡らされた血管が熱くなり、全身が巨大な心臓にでもなったかのように、ドクドクと大きく脈打つ。 「……それだけじゃない」 ごくりと唾を飲み込むと、白川の両肩を掴み、再び地面に叩きつけるようにして押し倒す。 「隣町で起きた、通り魔事件。……知ってるか?」 「……」 痺れる指先。剥き出された首に目をやった後、感覚の薄れた両手を掛け、ゆっくりと力を籠める。 真っ白で細く……滑らかな首筋。 「………あの犯人は、僕だよ」 さわさわさわ…… 微かな風が上空で吹き、木の葉の擦れる音が聞こえる。 だけど。それは地上にまでは届かない。 「……」 じっとりと肌に纏わりつく、酷い湿気と吹き出す汗。 まるで……僕と白川が、闇夜の水底に沈んでいるかのよう。 息がし辛くて。苦しくて。内側から恐怖さえ感じるのに。 ……それを上回ってしまう、妙な昂り。 「転校してきた時から、君を狙っていたんだ。 ……僕は、美しいものが好きだからね」 喉仏の下にある窪みに、重ねた親指の腹を充てる。 グッと押し込み、掴んだ細い首を更に絞めれば、頸動脈から伝わる脈動が、次第に強くなっていく。 苦しいんだろう。白川の白かった頬が、この薄い月明かりの下で綺麗なピンク色に染まっていくのが解った。 ──それでも。 白川は、何も抵抗しない。 ただ僕に、全てを委ねているだけ。 「……!」 ふわ…… 田んぼから。水路から。 ふわりと舞い上がる、十数匹の蛍。 それはまるで この世をさ迷う、人魂のよう。

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