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第30話

「逃げるように引っ越したのに。新しい家でも、学校でも、噂はついて回ってきて。結局、僕に居場所なんて……何処にも無かったんです。 そんな時、荷物の中に手紙を見つけて。……嬉しくて」 「……」 「返事を貰えるなんて、思ってません。……ただ、居場所ならここにあるよって、そう言われたような気がして」 「……」 それまで黙っていた教師が、振り返って白川に顔を向ける。 黒縁眼鏡の奥に潜む、静かな二つの眼。 「……辛かったな」 神妙な声で、ぽつりと呟く。 「あの時──小山内先生と君の家に乗り込んだ時のあの光景は、今でも目に焼きついてるよ。 ……あれは、常人のする事じゃない」 「……」 「君はこれまで、随分と辛い思いをしてきたんだ。……きっとこの先は、幸せな事しか待っていないよ」 「……」 教師の言葉に、白川の表情が陰る。 あの光景──一体、白川は父親に、何をされていたというんだろう。 まさか、殺されそうになった……とか……? 「先生で良ければ、頼ってくれ。小山内先生のような力はなくとも、……君の話を聞いてあげる事は、できるから」 「………はい」 そう言った教師を見上げ、白川が困ったように微笑む。 何とも頼りない台詞だと、部外者の僕でも思う。 さわさわさわ…… 自然公園の木の葉が擦れ、夏特有の湿った風が頬を撫でる。 「……もう直ぐ、夏祭りなんですね」 白川が、建設中の櫓へと視線を向ける。 「見たかったな……小山内先生の法被姿」 「……」 そう吐露する白川の隣で、教師が背中を丸め、後頭部の髪をガシガシと掻き混ぜる。 ──もしかして。 白川が、僕の時代に現れたのは…… 小山内先生の法被姿を……見たかったから……? おかしな思考に行き着いている事に気付き、そんな訳はないと頭を振って打ち消す。 白川の過去に、何があったかは知らない。けど、小山内先生を今でも想い続けているのだけは、伝わってくる。 ……何だろう。 僕が麻生さんを密かに想っているのと、似ている気がして。 胸の奥がキュッと痛い。 「……神輿を、見に行かないか?」 「え……」 思わぬ台詞に、白川が困惑したような声を上げる。 「小山内先生が来るまで、まだ時間はある」 「……」 「この気候条件で見られるかは解らないが、そろそろ蛍も飛んでいる頃だろう」 「………でも、」 「なんで、……そうなるかな……ッ!」 突然、教師が声を荒げる。 思い詰めたように、片手で後頭部を掻き毟りながら。 「言っただろう……! 君は何も恥じる事は無いんだ。……人の好意は、素直に受け取りなさい」 「……」 白川の肩がビクンと震え、脅えた瞳を大きく揺らす。

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