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第36話 飼育小屋

「……」 無力さなら、僕も同じだ。 こんなに近くにいながら……何もできない。 体感的には、恐らく一時間も経っていない……と思う。 窓の外が明るくなって暗くなるまでの間、全裸のまま手足を縛られた白川は、動かなかった。 酷く蒸し暑い部屋。 当たり前だ。真夏なんだから。 天井に程近い小窓は幾つか開いているものの、磨りガラスの大窓は全て閉まっている。 他に暑さを凌げそうなものといえば……うちわとクーラーボックス。中に冷たい飲み物でもあるんだろう。けど、後ろ手で縛られてる白川が、自由に開閉できる筈がない。 滴る汗を手の甲で拭い、未だここから動けないもどかしさを感じながら、白川の様子をじっと見つめる。 「……、はぁ……はぁ、」 生気のない表情。 時折咳き込み、床に散らばる嘔吐物。 近くには、昨夜買った手付かずの唐揚げ弁当。 キィ…… 小屋のドアが開き、人影が部屋の中へと伸びる。 「……ただいま、光」 「……」 「随分暑いな……」 のんびりと呟きながら、徐に取り出したハンカチで額や首元を拭き、床に転がっている白川に視線をやる。 「なんだ……全然食べてないのか」 ──はぁ、?! 馬鹿なのか、コイツ。 こんな状況で、食べられる訳ないだろ。 それに……こんな蒸し暑い小屋に長時間放置なんてしたら…… 「光は、僕がいないと……何にもできないんだなぁ……」 しゃがんで両膝を床につき、白川の首の下に腕を通すと、上体を膝の高さまで起こす。そして、ズボンのポケットからハンカチを取り出し、白川の口元を拭う。 「……」 虚ろな瞳が、力無く教師を捕らえる。 そこに、何の感情も見受けられない。 「保冷剤を追加で幾つか。それと、カップのかき氷をお土産に買ってきたんだ。……後で一緒に食べよう」 「……」 穏やかな声で言いながら、使ったハンカチで床の嘔吐物を拭い取る。 クーラーボックスを開け、持ってきたものと引き換えに冷えた濡れタオルを取り出し、白川の額や首元に当てる。 「……」 それでも。 白川の生気は戻らず、力無く瞬きをひとつするだけ。

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