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第42話
「あの日から僕は、光くんだけを見てきた。……真奈ちゃんではなく、君を。
嬉しかったなぁ。僕の姿を見る度に、君は屈託のない笑顔を僕に向けて、希望の光を与えてくれたんだよ」
「……」
「君だけが僕に、無償の愛を──」
鎖骨をなぞる指が止まり、ゆっくりと喉仏の上を通る。
「……でも」
スル……
耳下に四本の指を添え、白川の頬を包み込む。
少しだけ緊張したような、堅い声色。
「去年の秋頃。……真奈ちゃんが、自殺した」
残暑の中、空気がピンと張り詰めたある日の朝。
目覚めた光が、物音ひとつしない居間へ顔を出すと、そこには──ドアノブで首を括った真奈の身体が、既に静物と化していた。
「教室にいる君は、いつもぼんやりとしていて。……虚ろ気な表情で、窓の外を眺めているだけだった。
母親を亡くしたショックが大きかったんだろう。その悲しみと絶望を、今度は僕の愛で埋めてあげたい。……そう、思っていたのに」
「……」
「君はあっさりと僕から離れ、新任の小山内に縋った」
他には誰もいない教室で。余り使われていない渡り廊下で。校舎裏の片隅で。……小山内と光が、少しだけ詰めた距離で会話を交わしている所を、溝口は何度も目撃していた。
小山内の手が伸び、柔らかな光 の髪をくしゃくしゃとすれば、少しだけ頬を赤らめた光が肩を竦めて俯いた後、覗き込むようにして小山内を見上げる。
照れ臭そうに、笑みを漏らしながら。
「小山内と親密な関係になっていく君を遠くから眺めている内に、僕の中で燻っていた苦い初恋が蘇った。
あの頃の僕はとても弱くて。誰かを守る所か、自分自身さえ守れない程情けなかったけど。──それでも。教師としての信頼を積み上げ、父兄からは敬われる存在にまで成り上がっていたんだ」
「……」
「だから、ポッと現れたよそ者の小山内に、君を奪い取られたくなかった……」
「……」
苦しそうに震え擦れる声。
先生の手が下へと移動し、白川の首筋にそっと触れる。
「なのに、見てしまった──
廊下ですれ違い様……君のここに、独占欲を示す赤いマークが付いているのを」
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