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第57話 藪の中
席を移ったと気付いたウエイトレスが、横峰に声を掛け、飲みかけのコーラと追加注文したらしいクラブハウスサンドを運んでくる。
「……まぁ、遠慮なく摘まんでくれや」
そう言って横峰が、テーブルの中央にサンドイッチの大皿を置きなおす。
相当喉が渇いていたんだろう。
炭酸の抜けた黒い甘水を、ストロー無しでごくごくと一気に飲み干す。
「で、夏祭りの夕方だがよ──
あけぼの自然公園に、慌てた様子で駆け付けた丸山透は、入口付近で突然立ち止まり、その後、人の流れに逆らって直ぐに会場を後にしている」
「……」
「その様子を映した防犯カメラの映像があるにも関わらず、報道に規制が掛けられた。……まぁ、規制なら、それだけじゃねぇがよ。
それまで、俺の取材に『一人で歩いていた』と語っていた目撃者達が、次々に口を揃えて『溝口に手を引かれていた』と、証言し直している」
……え……
脳内にぼんやりと蘇る、白い甚平を着た白川光音の姿──
その白川を誘い、人気のない場所へと確かに並んで歩いた。
『一人』、だったのは──
あの時既に、白川は小屋の中に囚われていて……存在、していなかったから。
……でも……
それがどうして、『先生』と、にすり変わってしまうんだ──
「結論から言えば、都合の悪い小さな事実は、早々に摘み取っておきたかったんだろう」
「……ぇ」
驚く僕に、得意気な表情に変わった横峰が、腰を浮かせてもう一度携帯電話を取り出す。そして慣れた手つきで操作しながら、再び口を開く。
「丸山透を上手いこと誘い出し、小屋へと連れ込んだ溝口は、遺体の隣 で乱暴を働こうとするが……夏祭り主催者の一人から呼び出しの電話が掛かり、中断。
逃げらんねぇよう獲物 を後ろ手で縛り、小屋に鍵を掛けて夏祭り会場へと向かった。……というのが、警察の見解だ」
「……」
「しかし──縛られた筈の手首には、その痕跡が全くねぇ」
「……!」
バッ
上腕を掴まれ、持ち上げられる片手。
その手首には……確かに、何の外傷も見当たらない。
「……」
……いや……
そもそも僕は、縛られてなんかいない。
溝口先生に会って、連れ込まれてもない。
白川くんに導かれて、あの小屋へと向かったんだ。
……自らの意思で。
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