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第7話 仕返し
押しに弱いと言っていたマスターの助言は少しだけ違っているように思えた。
あれから僕は相変わらず店と隼人さんの家に入り浸だっているのに、当の本人は何も変わらず僕に接してくる。
あの夜に初めて隼人さんの弱音と本音が聞けたと思っていたのに、隼人さんのパーソナルスペースは絶対的に崩されなかった。
人付き合いはあまりしないという割に僕を家に招き入れる好意に付け込み、隼人さんがビールでほろ酔いしているところにキスしようと近寄ると「やめろ童貞、キモイ」と真顔で流された。
その蔑んだ表情を見るとあの夜は夢だったのかとさえ思う。
もちろん僕自身、男性に好意を抱くのは初めてで正直憧れのペルソナさんだからこうなのか、童貞が男相手にも関わらず手コキとキスで果ててしまうという経験不足からくるものなのかもわからなかった。
ピアノしかなかった僕は比べる友達もいないのでわかりようもない。
決して口数の多くない隼人さんは仕事の事やジャズセッションの構成、音楽については割と饒舌に話してくれるので、それが嬉しくなり僕は朝から晩までジャズを聴き、本を読み漁り歴史を学んだ。
音を聞き、楽譜通りに弾く僕にとって初めてことだった。
「お前って本当にピアノが好きなんだな」
隼人さんに言われるとそれは違う気がした。
ピアノを通して隼人さんに好意を抱いていると気付いた瞬間だった。
隼人さんはあれから大音量のイヤフォンも止め魘されるような発作は起きなくなった。
ジャズセッションはもう明日に迫っている。
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