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第8話 二枚のチケット
「お前もチケット二枚くらい捌け」
なぜ前日にそれをいうのか僕には全く理解できない。
「無理だよ。友達なんていないもん」
「俺がプロデュースしてんだぞ。満席じゃねえとマスターの顔が立たねえだろ。こっちはもう店の準備で忙しいからお前が何とかしろ」
「えぇ、なんとかって言われても」
「きっちり二枚だ。なんとしても捌け」
そういうと僕をアパートに残しさっさと仕事へ行ってしまった。
テーブルに乗った隼人さんお手製のチケットは本当にプロ仕様の出来上がりだった。
光沢のあるコート紙にクリスマスを感じさせる緑と赤の配色。
浮かび上がるように金色のトランペットにやはりチラシと同様のロゴでChristmasJAZZの文字がある。
二枚のチケットにクリスマス。
僕が頭に浮かんだ顔はやはり両親だった。
幼少期にドイツで暮らしていた頃、一度ニュルンベルクのクリスマスマーケットに連れて行ってもらった事がある。
街は夜なのに、並ぶモミの木がキラキラと輝いてサンタがあちこちで微笑んでいた。
たくさんの家族連れや観光客、カップルが本当に幸せそうに歩いていて、もちろん僕たちもそうだった。
母さんはホットワインを飲みながら鼻の頭がいつもトナカイみたいに赤くなる。
父さんは母さんの腰に手を回し僕を見つめながら満足げに笑っていた。
「調子のいい思い出だなぁ」
独り言をつぶやいて僕はチケットをコートの右ポケットにしまった。
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