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第9話 Christmas Eve Jazz session

マスターが僕に演奏を託した以上、指揮者は僕になる。 それをジョンもブラットも隼人さんも当たり前のように納得し楽器を構えている。 視線の先に、僕の次の呼吸を待っている。 そしてこの人たちはたぶん、僕が何を弾こうと笑いながら応えてくれる。 このステージに大人も子供も関係無い。 「多衣良!」  隼人さんが僕に声をかける。 できれば背中を押して欲しいと懇願するようにドラムを覗き込む。 「俺が知ってる曲にしろよ!それ以外はやめろ」  隼人さんは照らされる照明のもと額に汗を光らせながら僕を睨みつけていた。 僕のヒーローペルソナさんの少しだけ素人くさい部分に思わず吹き出してしまった。  僕は小さな深呼吸するとジョンとブラットを見た。 二人とも余裕の笑みを僕に向ける。 何がきても怖いものナシって顔だ。上等だね。 「OK. ――Let Go.」  そうして弾き始めたのはビル・エバンス「Waltz For Debby」――。 ピアノが先行する静かで緩やかな曲。日本人に耳馴染みな曲で確かCD売上総数がジャズ部門でトップの曲だ。 女性らしい細かなリズムの中に少女のようなあどけなさがとてもポップでどこかクラシックにも似ていた。 客もリラックスしながら耳を傾け、食事を進める。 この店でジャズを知って一番初めに覚えた曲でもある。 ここはジャズの店だ、客もジャズを聴くために集まっている。 演奏者もその脈打つ血流からジャズを弾き出すような正真正銘のジャズマンだ。 だけど僕は違う。 その期待をぶち壊してやりたい。 僕にはどうしようなく母親の血が流れている。 それが僕を奏でているのだ。 今はそれを父さんに分からせてやりたい。  闘争心にも似た燃え上がる感情に演奏する指先は加速して行った。 ジャズ独特の鍵盤捌き、打楽器であることを分からせるようにピアノを叩きつけ、そして、響き渡る音は弦楽器のように丁寧に伸ばしてやる。 演奏が中盤に差し掛かり、僕のさらに加速する演奏に客席から戸惑いが生まれる。 ジャズの色が交互に変化していく、客も互いの顔を見て目を白黒させている。 アルトサックスのジョンもベースのブラットもさすがにリズムが掴めにくいらしく演奏が途切れ始める。 そしてピタリとドラムが止まった。 隼人さんが気づく。 「ショパンか?」  僕はどうしようもなく口許が緩む。

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