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第69話

 勢いよく引き戸が開いて、三人の酔った浪人風の男がやって来た。  何となくそちらに目をやって――驚愕する。 「佐平」  運ばれてきた酒を傾けかけた伊織が、つられるようにしてはっ、と顔を上げた。  面長の顔、分厚い唇に、垂れ下がった目元。頬の黒子(ほくろ)に、浅黒い肌――へらへらと笑いながら腰かけに座った男は、見間違えようもなく、あの佐平だった。 「っ!」  反射的に懐に手を入れた竜巳の手を、伊織が身を乗り出して止める。  はっと我に返った竜巳が伊織を睨んだ。人の好さそうな男が、いつになく真剣なまなざしで首を横に振る。ちらり、と彼の見やった方を見れば、店の中にはまだ人の影が多くあった。 「今じゃない、竜巳。ここじゃあお縄になって終わりだ、相手は侍だぞ」  そう焦ったように囁くと、伊織は微笑んで顔をこわばらせた竜巳の頭をそっと撫でた。 「……わかってる」 落ち着きを取り戻した二人はざわめく店の中、男たちの声に耳を澄ませた。 「最近、ここらも寂しくなったもんだなあ」 「なんだ、女の話か」 「そりゃあお上の取りきめが厳しくなったんだ、仕方があるまいよ」  佐平は笑って酒を煽った。竜巳に気づいた様子はなく、嫌味なほど楽しそうにけらけらと何かを言い合っている。 もっとも、当時と今では体格も顔立ちも違う。たった一度抱いた小僧を覚えているほど奴も暇ではないだろう。 「ところで、佐平、あそこには通ってるのか? なんといったか……」 「松葉屋だったか? 飯盛女に惚れこんでるらしいな」 「なあに、お静の奴が言い寄って来るもんだから、ちょくちょく顔出しに行ってやっているだけに過ぎぬ」  竜巳は、ちらりと佐平のにやけ顔を見て舌打ちをし、伊織から酒を奪い取って一気に煽った。  伊織があんぐりと口を開ける。盃を返した竜巳は、顔を真っ赤にして「くそ」と唸った。

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