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第70話

 もう一度だけ、その微笑みを見たいと願って、しかし、それが叶わぬことであると知っていた。 「絶対……殺してやる……!」  眼光鋭く佐平を睨み付ければ、何かを感じ取ったのか彼がきょろりと辺りを見回した。慌てて視線を戻し、運ばれてきた蕎麦を前に硬直する。  これまで、男はもちろん、女でさえ手にかけてきた。人を殺すことに惑いなど無い。だが、佐平を亡き者にした後、己はどうするのだろう――。  町人に混じって生きる? そんなことができるのだろうか。これまでならず者として地面を這いつくばるようにして生きてきた自分に、そんなことが。  日陰者(ひかげもの)は日陰にいるに限る。例えば、忍のように。  己に流れる忍の、鬼の血は、己を忍にも鬼にもしてくれないのだろうか。  竜巳がそうぎりりと歯噛みした時、ぴくり、と頬を赤くした伊織が動いた。 「どうした?」 「……いや」  首を伸ばして外を伺ってみたり、落ち着かない様子の伊織が、顔をこわばらせたかと思うと突然立ち上がった。 「――竜巳、今晩は昼間目星をつけておいた宿に迎え」 「あんたは?」  懐から布袋を取り出し、竜巳にしっかりと握らせると、伊織は笑った。 「ちょいと用が出来た。もう戻らねえかもしれん。その時は、お前ひとりであいつをやれ」 「……もともとそのつもりだったけど、本当に一体どうしたんだ」  履物を履いて勘定を告げる伊織に、竜巳は小首を傾げる。手の中で何両にもなる金子がちゃり、と音を立てた。 「……輝夜に、何かあったのか?」  伊織が硬直する。それはただの直感でしかなかったが、ああ、そうなのだな、と竜巳は静かに納得した。 「行けよ。俺、山賊だったんだ。一人でもやれるよ」 「……そうだったな」  寂し気に微笑んだ伊織は、わしゃり、と竜巳の頭を撫でて、片手を上げた。 「達者でな」 「ああ。あんたの方も」  竜巳は小さく頷き返す。 そうして伊織は風のように店を出て行った。

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