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第13話
外に出たい。山の空気を目いっぱい吸いたい。
その衝動が抑えきれなくなったのが昨日のことだ。
決して監禁されているわけではなく、輝夜も家の目の前にある井戸の水を汲みに行く程度のことは許した。それでも家から離れることは許されず、昨日、川の音に誘われて近くの沢に降りた時などは飯を抜かれた。目の前で肉の塊を食われた時のひもじさといったらなかった。
本当に少しの時間でいい、せめて散歩ぐらいは、と何度か哀願してみたものの、この冷血漢は恬(てん)として全く聞く耳を持たなかった。
それのみか。
「ふ、あ、ま、って……!」
「息を詰めるなよ」
慌てて息を吐いて力を抜く。後孔を自らの強直で押し広げながら、輝夜は嗤った。
外に出たいと懇願した竜巳を、「その願いを叶えてやるだけの働きを見せろ」と言って押し倒したのが先刻のこと。有無を言わせぬ動きであった。
身体を渡したところで必ずしも願いが果たされる訳でないことは明白である。しかし逆らうわけにもいかず、竜巳は男を憎みながらもその身体を受け入れるほかなかった。
「っ、く、そ……!」
「どうだ? 男にいいようにされる気分は」
決してよくはなかった。
四つん這いになったところを後ろから覆いかぶさられて、獣のように後ろを穿たれる。まだ肉の柔らかな身体がこの行為に慣れるのは早かった。それが気に入ったのだろうか、輝夜は事実、気まぐれに何度も幼さの残る身体を貪った。身体に噛みついては痕をつけ、そのうっ血を見ては満足げにうっとりと笑う。そうしている時の輝夜はまるで得物を捕らえたばかりの飢えた獣のようで、ただただその責め苦が過ぎるのを待つしかなかった。
身体の芯が、腹の中が、輝夜でみっちりと満たされてゆく。ゆっくりと焦らすように慣らされたためか、圧迫感こそあれど痛みは全くと言っていいほど感じなかった。
「ん……馴染むのが早くなったな。ふふ、やはり淫売だ」
「ちが、う……!」
輝夜は竜巳の首筋にがぶりと噛みつくと、下腹部を軽く撫でさすった。両方の尻たぶを強く揉むように開かされ、その下品な動きにさえ官能を引き出される。竜巳は己の浅ましい身体を恥じながら、必死に首を横に振った。
「違わないだろう、真実を言ったまでだ。ほら」
「あう……!」
言うが早いか、輝夜がゆっくりと抜き差しを開始する。中をなぞり押し広げるような動きに、ため息ともつかぬ甘い声が漏れた。竜巳の首筋に獣のような荒い息がかかる。
輝夜の肩手が竜巳の未成熟な芯を包み、腰の動きに合わせて痛いぐらいの力で擦り上げる。竜巳の先端からはしたない蜜が溢れた。
「ああ、あっ、く!」
「そら、もっと乱れろ」
「やぁ、やだ、あ、あっ」
中と先端を玩弄(がんろう)され、いやいやをするように首を横に振る。耳元で囁く甘く低い声と吐息が快感を助長させた。手と腰の動きを早められれば、もう達することしか考えられなくなる。床についた左手に、輝夜の手が重なって絡め縫いとめられた。
「こちらを向け、竜巳」
「あっ、は、んんっ……む、んっ」
言われるがままに後ろを向き、唇を奪うように重ね合う。全身を襲う快感と多幸感に竜巳は夢中になった。どちらともつかぬ混じり合った唾液が頬を伝い、床にこぼれ落ちる。最中に見えた輝夜の瞳は真っ赤に染まっていた。彼は興奮する度に瞳の色が濃くなる性質のようだった。同じ瞳の色をした己も紅の瞳をしているのだろうか、とぼんやり考えては、確かめる術を持たずにいる。
「は、いいぞ、竜巳……!」
輝夜はこうして身体を暴く際にのみ、竜巳のその名を呼んだ。
竜巳はその眼を見るたびに、出会った日の彼を思い出した。乱れぬ太刀筋に軽やかな動きのなんと美しかったことだろう。その動きはまるで化物だった。もしこの世に人の姿をした怪物が存在したとして、こんなにも美しくていいのだろうか、と思った。
その瞳が、今、己に向けられている。それだけで高揚する自分がいるのが分かった。
「ひ、あっ、あぁっ……!」
男に抱かれて悦んでいる――理性に反した背徳的な感情により官能が揺さぶられていく。悦んでいることがばれてしまえば、今度こそ本当に淫売の烙印を押されてしまう。
今は攻めの句でしかない言葉に侮蔑が混じるのは決して避けたかった。
竜巳は頭を振り乱して善がりながら、嫌がるふりをする。
「あぅ、うっ、だ、だ、め、あぁっ……!」
「おお、竜というものはいい声で鳴くのだな」
「ち、ちがっ…うう、ぁ」
緩急をつけながら最も敏感なところを寸分の狂いなく擦りあげられ、快楽にただただ身をくねらせる。たまらなくなって、輝夜の動きに合わせ自ら腰を振るようにすると、輝夜がくっ、と息を呑んだ。
「ああほら、女になるのが好きなんだろう。ふふ、これで二度と女は抱けぬな」
「っ、ひ、ぁっ、抱いたこと、な……!」
「ほう」
「ッ――ひ、い!」
一瞬、その動きが弱まったかと思うと、より強く奥を貫かれた。がつがつと貪るように突き上げられ、目の前が白黒する。
「あ、あぁっ、だめ、だめ、輝夜、いっ…ぁぁぁ……!」
悲鳴にも似た掠れた声を上げながら、竜巳は己の精を解き放った。がくがくと全身が震える。
「っふ……今少し、耐えろ……!」
くたりと上体を地につけた竜巳の首筋に噛みついて、輝夜が囁く。その息の詰め具合から彼も終わりが近いのを察し、中に迸る熱を想像してぶるりと震えた。あの熱が放出されるときの快感といったら――竜巳は無意識のうちにその瞬間を心待ちにしていた。
「くっ、……!」
輝夜は竜巳を引き寄せて一際強く最奥を穿つと、そのまま会陰の奥底に吐精した。
「ふぇ、あ……!」
おびただしい量の精が叩きつけられ、官能に身体が強張る。あまりの悦楽に気を飛ばしそうになりながらも、取りこぼすことなくすべてを中で受け止めた。
輝夜の欲が引きずり出されると、まだ閉じきれぬ蕾から、どろりと白く濁った精がこぼれる。竜巳は支えを失い、崩れ落ちて筵の上に横たわった。
四肢を投げ出したまま、ふうふうと荒くなった息を整える。全身が熱くてけだるくて、視界も何やら霞んで見える。聞こえる音もぼやけていたが、布の擦れる音だけは拾うことが出来た。輝夜が着替えているのだろう。
屍のようになった竜巳の身体に、ふわりと着物がかけられた。
「ん……」
「風邪をひく」
服装を整えた輝夜は、何事もなかったかのように竜巳の枕元に座った。ぼさついた髪を指先で弄びながら、時折そっと頭を撫でられる。
彼の平然としたとした態度が気に食わなくてそっぽを向けば、今度は優しく頬の傷を撫でられた。
「この傷は、どこで?」
ひどく優しい声だった。ささくれ立っていた心が少しだけ凪いだ。
「……仲間と駕籠を襲ったとき、用心棒にやられた」
あれは何年前のことだったろうか。竜巳が山賊一味の下っ端になって幾年か経過した頃、山中の街道を随分華美な駕籠が通ったことがあった。仲間の知らせを受け、一団で襲いに行ったのである。しかしその駕籠には忍の護衛がついており、腕の立つとは言えない山賊どもは形勢逆転、手ひどい目に遭わされたのである。
竜巳の怪我など軽いほうで、中にはすぱっと腕を切り落とされた者も居た。子供だからと手を抜いたのかもしれない――いや、その道の者にそんな情があるだろうか。やはり運が良かったに違いない。
「……そうか。俺の知らないことばかりだな」
「……なんだよ、それ……」
輝夜の骨ばった手が、頬を撫で頭を撫で、行き来する。その心地よさに目を細めていると、じわじわと睡魔が竜巳の身体を苛んだ。暖炉の炙るような熱もそれを助長する。
輝夜の言葉は殆ど理解できていなかった。
「なあ、あんた、与一じゃないの……?」
その言葉には与一だったらいいのに、という意味も含まれていた。
殆ど衝動的に出た言葉だった。素面でないからこそ出た言葉だ。ここへ来てから感じていた違和感と既視感、それは全て彼が与一だからという言葉で片づけることができる。
しかし、輝夜は何も答えなかった。代わりに宥めるように頭を撫で続けている。
「……明日、河原へ行くぞ。魚を獲る。お前も一緒だ」
「ん……」
いいな、と問われ、竜巳は無意識のうちに頷いていた。
そういえば、同じ食事ばかりで飽きないのかと聞いたことがあったな、と頭の隅で思い出す。
一拍遅れて外へ出られるということに気づく。竜巳の意識は多幸感に包まれたまま、柔らかな眠りに沈んでいった。
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