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第72話

 夜も更けた空には、月の影が無かった。代わりというにはあまりに微かな灯で、星々が辺りを照らしている。 道の右手にならんだ店はどこも灯りが消えて静まり返っていた。周囲に他に人影はなく、左手には浅い川が広がっていた。さらさらと水の流れる音が辺りを満たしている。  竜巳は建物の影に身をひそめながら、前方でゆらめく提灯を追った。静まり返った冬の夜は今にも雪が降りそうな寒さで、身を切るような玉風が吹き付けている。はあ、と吐いた息は白かった。  竜巳は襟巻をぎゅうぎゅうとまき直しながら、足を忍ばせ、その時を待つ。相手は侍だけあって、歩く姿にも隙が無い。  これからあの男を手に掛けるのだ、と思うと身体が震えた。  この機会を逃せば、次はいつになるか分からない。それを理解しているがゆえに、心ばかりがはやくはやくと急いでしまう。  彼の警戒が解けた一瞬を狙う。輝夜に殺しの手ほどきは受けた。あとは実行するのみであった。  竜巳は懐の小刀に手を置くと、その辺りをぎゅうと握りしめた。――輝夜がそこにいる気がした。 「……!」  先を歩いていた佐平が角を右に曲がった。  慌ててその背中を追い、角で止まると、少しだけ身を乗り出すようにして様子を伺う。  ――佐平はそこに佇んだまま、こちらを向いていた。 「何奴だ」  佐平が声を張る。静かに響いたそれは、低く威圧感のある声だった。  竜巳は小さく舌を打った。こんなにも簡単に見つかってしまうなど何たる失態だろうか。  竜巳は嘆息すると、目から下の顔の半分を襟巻で覆い隠し、そっと小刀を抜いた。  そして勢いよく物陰から飛び出すと同時に、佐平に斬りかかった。即座に抜刀して小刀を受け止めた佐平はくつりと嗤った。 「先ほどからどうも草の者の匂いがすると思うたわ」 「……草ではないけれどな」  刃を弾かれた竜巳は後退し、柄を握り直す。放り投げられた提灯の灯りが消えた。 「ほう。その草のまがい物が私に何用だ」 「……お前が知る必要はない!」  言うが早いか、竜巳は再び佐平に斬りかかった。金属のぶつかり合う音がして、刃と刃が交差する。

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