73 / 83

第73話

「これは困った、人に恨まれるような真似をしたつもりはないのだが」 「……今一度己に尋ねてみろ」  ふつり、と腹の奥底が煮えたぎりはじめる。あの日与えられた屈辱と、残された刺青。全てが竜巳の神経を逆なでし、煽る。きっと消えぬ痕さえ残さなければ、こんなにも根に持つことはなかっただろう。  その時、寸でのところで刃を受けていた佐平が訝し気に目を細め、竜巳を凝視した。 「――貴様、変わった目の色をしておるな」 「!」 「覚えがあるぞ、あれは確か――」  言葉を紡がれる前に、刃を逸らして距離を取る。  暗闇で表情の見えない中、確かに佐平が笑ったのが分かった。 「そうだ。もう何年も前に戯れに抱いた小僧がお前のような禍々しい眼をしていたなあ。なんだ、その時の復讐に来たというわけか」 「…………覚えていたか」 「無論。お前の身体は悪くなかったぞ」  せせら笑われ、竜巳は奥歯をぎりりと噛み締めた。さらに佐平は言い募る。 「それだけではない。せんだっての祭りにもお前のような目の色をした男がいた。はは、なるほど。あの時も妙な感覚を覚えたが――忍の一団であったか」  竜巳は溢れそうになる言葉を押さえ、選んだ。 「あんたには関係ない。ただ、何度も言うように俺は草の者ではない。祭りで見たという男に弟子入りしていただけだ」 「――ほう? つまりよそ者が草の者に殺しの教えを乞うたと」  問いには答えず、再び勢いよく斬りかかる。  弾かれかけた刃を受け流し、その腹部に蹴りを叩き込む。振り返りざまに踵で手首を蹴りあげれば、その両手から刀が弾きとんで、店先に落ちた。 「なっ――ぐ、あ!」 「っ!」  その身体を川の方に突き飛ばし、草むら投げ出された身体に跨るのと、佐平が事態を理解したのはほぼ同時だった。 すべて、輝夜に教わったやり方であった。身軽な竜巳の身体を生かした体術。身体の奥底に、輝夜という男が深く息づいているのを感じた。 それだけで心穏やかになる自分に驚きながら、竜巳は男の身体が動かぬようぎりりと肩を枯れかけた草の上に押し付けた。 「――何か言い残したことはないか」 「はっは、まさかお前のような小僧にやられるとは、酒など飲むものでないな」

ともだちにシェアしよう!