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第74話

「……ああ、確かに、素面のあんたならこうもいかなかっただろうな。仏さまに感謝してるよ。けど、どうも自分の立場が理解できてないみたいだな。どうだよ、気まぐれに抱いた小僧に殺されかけてる気分は」  竜巳はにやりと笑って、その首筋に刃をあてがった。ひどく興奮しているのが分かる。己の瞳も赤く染まっているのだろうか――確かめる術はなかった。 「ふはは、俺のような男は所詮、その辺りでのたれ死ぬ運命にあったのだ。そう変わらんさ」  佐平は存外、平静な様子でそう語った。浪人とはそういうものなのだろうか。 「――なあわっぱ、貴様、その男の末路を知っていてここに居るのか」 「その男?」 「お前の師だという男だ」  突然の問いに、今まさに突き立てられようとしていた小刀がぴたり、動きを止める。 「何の話だ」  佐平は「やはりな」と笑った。 「忍の者どもの掟に、よそ者を里に入れてはならぬという条があった。いや、入れるだけならば構わぬ。ただ、生きて返してはならぬ」 「……は?」  竜巳は硬直した。言葉を上手く飲み込むことができなかった。 「破れば、処されるのだ」  輝夜が、罰を受けて――おそらく、死ぬ。 「っ――!」 「っが…………」  男の首筋に、無造作に小刀を突き立てた。ごぽり、という気味の悪い音がして、嗤った男の口から血が溢れた。その不気味ささえどうでもよくなって、竜巳は呆然と立ち上がった。  やせ細った身体。自分を追い出すようなひどい態度。殺してくれという言葉。突然己の傍を離れた伊織。 点と点が、一本の線で繋がってゆく。  あの男は最初から、己を救い、育てて、死ぬつもりだった。里の者に殺されてしまうぐらいならば――と竜巳の手による死を乞うたのではないだろうか。竜巳はそう妙な確信を抱いた。  真っ赤に染まった右手を見て、竜巳はぼんやりと、今、己の瞳もこんな色をしているのかもしれないと考える。 「輝夜が……」  死ぬ。  頭の整理がつかぬまま、先ほど殺めた男を棄てて、ふらり、と夜の闇に足を踏み出した。

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