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第75話

 夜の闇の林の中を疾走する。無論、月はない。がさがさと草木の揺れる音と規則的な足音が静まり返った銀世界に木霊する。積雪は六寸足らずといったところだろうか。時折、雪の下に埋まった倒木に足を取られながら、それでも竜巳は歩みを止めなかった。 考えるより先に身体が動いた。  里に、あの家に戻ったところで自分に何ができるかなど皆目見当もつかない。それでも、あの男の死を簡単に受け入れることなど不可能であった。 「あいつ、いつも自分のことばっかりだ……!」  自分のことしか考えていない。残された人間の、例えば己の思いなど、あの男は想像だにしないのだろう。もしここで二人、本当に道を別つたとしても、彼の死はいつか誰かの手によって、竜巳の耳に届いたかもしれない。その時の竜巳のことをほんの少しばかりでも考えてくれただろうか。答えは否だろう。  もう彼の犠牲の上に成り立つ生などいらない。 焦りや心配などではなく、湧き上がってくる感情はただひとつ、怒りのみであった。 「輝夜……っ!」  足を滑らせ、勢いよく地面に転ぶ。怪我を確認することもせず立ち上がると、再び走り出した。  脳裏には不敵に笑う美しい男の姿が浮かぶ。  少しでも早く、彼のもとへ。  感情に突き動かされるように、竜巳は走り続けた。

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