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第76話
獣の潜む危険な山道を抜け、懐かしい民家の裏手に出る。息を切らせて前に回り込むと、竜巳は勢いよく板戸を開けた。
「っはぁ、はぁ、輝夜!」
暗い室内を隅から隅まで見回す。人の気配はない。
竜巳は舌を打つと、たじろぎながら、里の中心へ続く一本の道を見た。
――行くしかない。
行ってどうするのか、など頭にはない。ただ、輝夜の許へ戻らねばと思った。
そこまできてようやっと、竜巳は己がどれだけ彼を慕っていたのかを思い知ることとなった自分がおかしくてたまらない。彼を必要としていたのは誰でもない、自分だったのだ。
竜巳は覚悟を決めると、再び闇の中を走り出した。
何を成すか。考えてしまえば早い。一番いいのは、どうにか輝夜を救出して、この村を出ることだ。
追手が来るかもしれない。いずれ殺されるかもしれない。だが、それも二人ならば構わない、と思った。あの非道で優しい男一人を先に逝かせてしまうぐらいならば、二人同時に殺してくれた方がいい。
もしかすると、自分が帰ってきたことで放免になるのでは、と思う自分がいないわけではない。だがあまりに楽観しすぎた考えだなとも思う。
生きるのであろうと、死ぬのであろうと、どちらであっても、二人、共に。
竜巳は強く願いながら、雪のあまり踏み鳴らされていない道を急いだ。竜巳の先を行く足跡は一つのみ、朝方に輝夜がつけたものだろうと思った。輝夜の自宅へ向かうもう一つは伊織のものだろう。
少し歩くと、小さな集落が見えてきた。
雪に埋もれてしまっているものの、少しばかりの水田や畑があるようで、六つほど散らばった民家を囲んでいた。
何やら道の先でいくつもの松明が揺らめいているのが分かった。それが静かに奥へと進んでいく。
「あれか……?」
「――おい」
追おうとした竜巳の肩を――いつからそこに居たのか――何者かがはし、と掴んだ。
びくりと飛び上がって小太刀を抜いた竜巳の手を、その何者かが掴む。暗がりで顔の見えぬ、自分よりも頭二つ分背の高い男は、竜巳の顔を見てはっ、と息を呑んだ。
「お前っ、お嬢ちゃんか……!」
「……風早……!」
男の姿を見止めると、竜巳は安堵する間もなく彼の腕を掴んですがった。
「なあ風早、輝夜はどうなった⁉ 俺のせいで殺されるんだろ!」
風早はひとつ舌打ちをして、眉を吊り上げながら竜巳の手を引きはがす。
「……なんで戻ってきちまったかねえ。あいつには、後生だからお前には伝えるなと言われてたんだが――どこから漏れた?」
「っ、そんなことどうだっていいだろ!」
叫んだ竜巳の口を、慌てて風早が塞ぐ。
「騒ぐな、お前まで殺されるぞ」
竜巳はぐっと口を噤んだ。
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