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第78話
戸の前で立ち止った風早が、ひどく用心深げに辺りを見回した。
「――牢役もいねえとは。こりゃいっちまってるかもしれねえな」
ぼそりと、風早は呟くと、再び辺りを見回して「達者でな」と闇の中に消えて入った。
それをぼんやりと見届けた竜巳は慌てて戸に駆け寄り、たてつけの悪いそれをがたりと音を立てて引いた。
むわりと広がる血の匂いに、竜巳は思わず息を呑んだ。灯りのない闇の中――その影は土間に立てられた柱に腕を括りつけられ、ぐったりと横たわっていた。
「っ、輝夜!」
まるで腰骨から折れてしまったように俯く影に駆け寄る。
着ていたものはぼろきれと化し、鞭打たれた上半身をさらした男の傷はひどい。目は腫れあがり、頬と口の端から血が流れている。地面がところどころ血で汚れているのが分かった。地面に手をつくと、何か小さく固いものに当たる。目を凝らすとそれは、剥がされた指の爪だった。
竜居は息を呑んで、横たわる身体にそっと触れた。
「輝夜、輝夜……!」
「――……」
閉じられていた瞳が薄く開いたかと思うと、はっと見開かれる。
そして輝夜は、傷だらけの顔を酷使し、まるで極楽でも見たかのような顔で――破眼した。
「ああ……竜巳……俺の……ふふ、神や仏はいるのかもしれぬな……お前に看取られて行けるのならば、地獄も悪くない」
かすれた声で囁いた輝夜に、竜巳はぶんぶんと首を横に振った。虚ろな瞳がぼんやりと己を映し出している。
「あんたは地獄に落ちたりしないよ。大丈夫、俺が助けるから」
「ありがとう。佐平はどうなった」
「仕留めて来たよ。全部、全部あんたのおかげだ」
「……そうか」
輝夜はまた、満足そうに笑った。それはこれまで見たことが無い程満ち足りた笑顔で、まるでこの世に未練などないとでも言いだしそうな雰囲気を醸している。竜巳は一抹の寂しさを覚えた。
「なあ、一緒に逃げよう。それがダメなら、俺も一緒にここで死なせてくれよ」
輝夜は呆けたように微笑んだまま微動だにしない。
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