79 / 83

第79話

 彼を縛る縄に手をかけたところで、輝夜はどこにそんな力が残っていたのか、がばりと勢いよく起き上がった。 「なぜ……お前は、本物か。俺の浅ましい夢ではないのか……」 「違う、俺はちゃんとここに居る。あんたを助けに来た」 「……お前はもう一人で生きていけるだろう。俺のことなど忘れ去り、どこかの野暮ったい娘と良い仲になって、子を授かり、平穏に生きていくことを、俺は」  輝夜が忌々し気に、ぎり、と奥歯を噛み締めたのが分かった。  半ば予想していた拒絶の言葉に、竜巳はため息をついて微笑んだ。 「俺は、あんたなしじゃ生きていけないよ」  そうだ。この男に拾われたあの日から――いや、与一と出会ったあの時から、竜巳はこの高慢で美しい男の虜だった。  その赤く光る眼光は竜巳を捉えたまま、そらされることはない。傷を負った獣に威嚇されているようだ、と思った。 「やめろ、いいから早く逃げろ。俺はいくつも罪を犯した。お前を匿い、お前を無理に組み敷き、弄ぶような真似をして、お前を逃がした。これは罰だ」  弱弱しく呟く輝夜に、竜巳はゆっくりと首を振ってその腫れた頬をそうっと指先で撫でた。 「そんなのおかしい。里の掟に逆らったことと、俺にしたことは別だろ……? 少なくとも、おれを抱いたりしたのは、罪じゃない。むしろ俺は与一に――あんたにもう一度会えて、本当にうれしかったんだ。こんな身体でも、恩返しできるんだと思った。だからそんなこと言わないでくれ。罰だとか言ってるけど、あんたは死んで逃げたいだけなんだ。本当に罪を償おうっていうなら、俺にしたことも罪だっていうなら、生きろよ。生きて、償ってくれ」 「手負いの俺とわっぱのお前とでこの里の草から逃れられるわけがない。頼む、聞き分けろ竜巳。お前の死にざまなど見たくないのだ」 「俺だってあんたが死ぬのはいやだ。だから俺はいっそ、どこか遠くであんたと一緒に死にたい」 「――……」  輝夜は柱に背中を預け、爛々と輝く眼で竜巳をとらえたまま、くつりと笑った。徐々に彼の瞳に生気が戻るのを見て、じわりと喜びがこみ上げてくる。 「早く逃げよう、そこの縄を解くから――」 「そこで何をしている!」  突如怒号が響き渡った。

ともだちにシェアしよう!