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第19話

冷え込んだ空気も、中で囲炉裏に燻されれば温かなそれに変わる。 寝そべった輝夜の腕の中で竜巳は上がった息を整えていた。隠避な香りに気だるい雰囲気、室内は情事の名残で満ちていた。囲炉裏の柔らかな光に眠気を誘われ、つい微睡んでしまう。 「明日は帰らんぞ」  輝夜の許で生活を始め、ひと月が経とうとしていた日の宵――輝夜は一糸纏わぬ姿になった竜巳に毛皮をかけてやると、髪を弄びながら言った。 「……なんで?」 「珍しく仕事が入った。少しばかり遠出をしなくてはならない。二日は家を留守にする」  だからこんなに執拗に抱いたのか、と竜巳は思った。剥かれたその健康的な身体には埋め尽くすよう余すところなくに赤い花びらが散らされている。これが夏でなくてよかった、と心底安心した。 「飯は残ってるものを食え。どうにかなるだろう。ああそうだ、いいか、留守中に誰か来ても中には入れるなよ……聞いているか?」 「……伊織も?」 「あいつなど論外だ」 「ん……」  輝夜がふん、と鼻を鳴らして、竜巳の耳に噛みついた。何度も甘噛みするように舐られ、竜巳は息を詰めた。 「あいつは猶更いかん。お前は奴と距離が近すぎる」 「あんたほどじゃないと思うけど」 「いいや、近い。何よりお前が気を許すのがいけない。先日ひどく酔った日を覚えているか。俺はあまりのお前への馴れ馴れしさに、初めてあの阿呆を殺してやりたいと思った」  竜巳は耳にかかる吐息に思わずふふ、と笑った。こそばゆいのは耳だけではなかった。心が温い。まるで輝夜が己に逆上せ上っているようだ――そう思うと胸が疼いた。 「仕方がないだろ。伊織の方が年だって近いし、まるで兄貴でも出来たみたいで……むう」 「親しくする理由になっていない」  輝夜の手が竜巳の口元に押し付けられた。ちら、と見やるとひどく剣呑な目と視線が交差する。 「あいつが兄ならば、俺はなんだ?」 「? 師匠だろ」 「ふ、まったく可愛げの無い」 「うぷ」  輝夜はそうくつりと笑うと、その辺に放り投げてあった襟巻を顔に押し付けてきた。  そのままぎゅうと抱きしめられれば、心地よい心音と人肌の温かさに一気に睡魔が押し寄せてくる。竜巳は温もりを求めて輝夜の肩口に顔を埋め、ふっ、と意識を手放した。  その眠りを見守る男の顔は、ひどく優しかった。

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