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第22話
視界が陰る。竜巳はおそるおそる目を開けた。
「……輝夜……!」
竜巳は目を剥いた。
その後ろ姿は、間違えようもなく普段着に身を包んだ輝夜のものだった。竜巳に突き出されたであろう小刀の刃を、己の兜割りで受け止めている。
竜巳は一瞬のうちに安堵した。全身の力が抜けそうになるのを堪える。
来てくれた。感動で胸が詰まる。輝夜が自分を助けに来てくれた――そのこそばゆいような嬉しさの感情の名を、竜巳は知らなかった。
「随分帰りが早ぇじゃねぇか……」
輝夜と睨み合った風早が、舌を打って後方に飛び退(すさ)った。抜き身の小刀を構えたまま、場は膠着(こうちゃく)する。
「思いのほか早く片が付いただけだ。……どういうつもりだ、風早」
「逃げ出したそのお嬢ちゃんを始末しておけとの爺様の命よ!」
「長が?」
「違う、違うよ輝夜、最初はそのつもりだったけど今はあんたと話がしたくて……!」
「いい、少し黙ってろ」
輝夜は竜巳を背に庇い、囁くように言った。その表情はいつになく強張っており、瞳には憤怒と焦燥の赤が見え隠れしている。
「こいつは里のことなど何も知らん。そのまま人里に帰すつもりだが?」
「そんなんで爺様が納得するかよ。今だって、そいつが里から出ようとしていたのは事実だ。輝夜、同じ過ちを二度繰り返す気か?」
「黙れ」
「だから違うんだって!」
「俺の仕事を止めようってなら相手するぞ、輝夜。一度、鬼丸(おにまる)とやりあってみたかった」
「ふん、鬼にただびとが勝てるものか。尾を巻いて逃げるならば今のうちだぞ」
不敵に輝夜が言う。その手にはいつもの小刀が握られていた。
膠着状態が続く。
数十秒の間の後、輝夜が一歩を踏み出したその時だった。
「竜巳! 無事か!」
頭上から声が降ってきて、思わず竜巳は上を見上げた。
ひょい、と岩から降りたのは、忍らしき男――伊織だった。右手に五つ又の鉤のついた手甲鍵を嵌めている。いつもの緩い着流し姿ではなく、風早と同じ頭巾のない忍装束を纏っていた。
伊織は竜巳を見て、それからそれぞれ得物を構える輝夜と風早を見やった。慌てて竜巳を背後に庇うと、輝夜に並んで風早に対峙した。
「何してんだよこのオッサン! 竜巳に何するつもりだてめぇ!」
伊織の絶叫にも似た怒声に、竜巳は目を丸くした。
「ああ? 長の言いつけでその小僧殺そうとしてんだよ! 察しろ阿呆!」
「見らあ分かるわ! そんなんはいそうですか、なんて言えるか! 竜巳は俺のダチだぞ、勝手に手ェ出したらぶっ殺すぞ!」
「んだとおら!」
ずんずんと歩み寄った二人は、互いの鼻がつきそうなほど顔を近づけて怒鳴り合いを始めた。育ちが良いとは言えない竜巳でさえ使わないような言葉で罵り合っている。輝夜と竜巳は完全に蚊帳の外だ。
「だいたい最近小僧の動きが怪しいだの今日輝夜がいねえだの漏らしたのはてめえだろうが!」
「……はぁ? お前っ、俺の……」
絶句した伊織がちら、と輝夜を見て、顔を真っ青にして飛び上がった。どんな顔をしているのか覗こうとした矢先、輝夜がくるりとこちらを振り返る。
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