23 / 83

第23話

不機嫌そうな面持ちではあるが、飛び上がるほどではない。竜巳は胸を撫で下ろす。 「あのさ、輝夜、俺、あんたに聞きたいことが」  言葉を言い切る間も無く、引き寄せられ、そのまま強く抱きしめられていた。輝夜の肩口に顔を埋める形になる。普段より輝夜の体温が高い。鼓動も早い気がする。  竜巳が訝しみながらその背に手を回すと、輝夜は蚊の鳴くような声で囁いた。 「……よかった」 「へ?」  温い体温が離れていく。  竜巳を射抜く真紅の瞳は真摯で、複雑な感情の色が入り混じって見える。切羽詰まっているようだった。 「逃げても捕まえればいい。――そう思っていたが、実際にやられると心臓に悪い」 「何度も言ってるだろ。……俺はあんたと話がしたかった」 「ふ、話、な。俺のもとを離れるための相談か? まあいい、仕置きは後で――っ!」  そうまくし立てた輝夜の目が、輝夜の右手に留まる。輝夜はその手に握られたものと竜巳を交互に見遣り、そして、何かを諦めたように嘆息した。  困惑した様子の男と視線が交差する。竜巳は責めるように美しい男を見上げた。 「……帰るぞ。話はあとで聞く」  輝夜が得物を懐に入れ、何度か竜巳の背を叩いて肩を抱いた。そして二人に背を向けながら、風早に向かって言い放つ。 「風早! 長のもとへは俺が直々に参る。こいつに手を出すのはやめろ」 「離せこのばっ……何だって……? 正気か輝夜」 「輝夜、なあ、それは流石にどんな罰があったもんかわかったもんじゃねえだろ」  呆れた様子の二人が停戦し、輝夜に視線が集まる。風早に至っては信じられないようなものを見る目をしていた。  罰。  己のせいで輝夜が罰を食らうのか。それは嫌だなと思いながら見上げるものの、男が視線をくれることはなかった。 「――うるさい。お前達が口を出すことではないだろう阿呆。しかも伊織、お前のおかげでこうして話がこじれたのだぞ」 「うっ……」 「やーい、叱られてやんの」 「うるせぇ!」  子供じみた二人のやり取りに耳を塞いで、輝夜はもうひとつ大きく嘆息した。 「いいのか?」 「あいつらのことは放っておけ、あいつらは師を同じくしていてな、風早は伊織の兄弟子でいつものことだ。……あの阿呆がどうにかするだろう」  そのまま竜巳を引きずるように歩き出す。ちら、と背後を見やると、風早と伊織は胸倉を掴み合いながら怒鳴り合っていた。

ともだちにシェアしよう!