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第23話
不機嫌そうな面持ちではあるが、飛び上がるほどではない。竜巳は胸を撫で下ろす。
「あのさ、輝夜、俺、あんたに聞きたいことが」
言葉を言い切る間も無く、引き寄せられ、そのまま強く抱きしめられていた。輝夜の肩口に顔を埋める形になる。普段より輝夜の体温が高い。鼓動も早い気がする。
竜巳が訝しみながらその背に手を回すと、輝夜は蚊の鳴くような声で囁いた。
「……よかった」
「へ?」
温い体温が離れていく。
竜巳を射抜く真紅の瞳は真摯で、複雑な感情の色が入り混じって見える。切羽詰まっているようだった。
「逃げても捕まえればいい。――そう思っていたが、実際にやられると心臓に悪い」
「何度も言ってるだろ。……俺はあんたと話がしたかった」
「ふ、話、な。俺のもとを離れるための相談か? まあいい、仕置きは後で――っ!」
そうまくし立てた輝夜の目が、輝夜の右手に留まる。輝夜はその手に握られたものと竜巳を交互に見遣り、そして、何かを諦めたように嘆息した。
困惑した様子の男と視線が交差する。竜巳は責めるように美しい男を見上げた。
「……帰るぞ。話はあとで聞く」
輝夜が得物を懐に入れ、何度か竜巳の背を叩いて肩を抱いた。そして二人に背を向けながら、風早に向かって言い放つ。
「風早! 長のもとへは俺が直々に参る。こいつに手を出すのはやめろ」
「離せこのばっ……何だって……? 正気か輝夜」
「輝夜、なあ、それは流石にどんな罰があったもんかわかったもんじゃねえだろ」
呆れた様子の二人が停戦し、輝夜に視線が集まる。風早に至っては信じられないようなものを見る目をしていた。
罰。
己のせいで輝夜が罰を食らうのか。それは嫌だなと思いながら見上げるものの、男が視線をくれることはなかった。
「――うるさい。お前達が口を出すことではないだろう阿呆。しかも伊織、お前のおかげでこうして話がこじれたのだぞ」
「うっ……」
「やーい、叱られてやんの」
「うるせぇ!」
子供じみた二人のやり取りに耳を塞いで、輝夜はもうひとつ大きく嘆息した。
「いいのか?」
「あいつらのことは放っておけ、あいつらは師を同じくしていてな、風早は伊織の兄弟子でいつものことだ。……あの阿呆がどうにかするだろう」
そのまま竜巳を引きずるように歩き出す。ちら、と背後を見やると、風早と伊織は胸倉を掴み合いながら怒鳴り合っていた。
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