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第27話

「お前を見ていると、つい箍(たが)が外れてしまう」 「へ……?」  竜巳が訝しんで首を傾げると、輝夜は続ける。 「再会したとき、お前が俺を見て与一だと気づかなかったことに腹が立ってな。少しでも傍に置いておきたくて斬り付けた。もう別れ時かと落胆した頃、お前が俺に弟子入りしたいと言い出した。喜びと脱力感で気が抜けたら、また腹が立って、お前を困らせたり苛めてやったりしたくなったんだ」 「……それであんなこと……!」  くつくつと輝夜が笑い、唖然とする竜巳の頭を撫でた。 「笑うと良い。俺はお前よりも余程餓鬼のようだ」  竜巳は無言で撫でられ続ける。  ――それは、輝夜が己に執着しているということだろうか。 ただの戯れと欲を吐き出すだけの行為だと思っていただけに、鼓動が早鐘を打つ。今の言いようだと、竜巳が憎たらしくなって抱いたのだ。他の誰かでいいわけではなく、竜巳でなければならなかった。どんな方向であれ、感情を向けられていることがたまらなく嬉しい。竜巳は己の中で渦巻き沸き上がる昏い劣情から目をそむけ、見て見ぬふりをした。 「……本当だよ。腹が立ったからって普通は襲ったりしない」 「全くだ。あれもこれも、どう言い訳しようか迷っていたが、すべてさらけ出すことが出来て不安の種が消えたよ。俺が与一だと知れた途端、厭われるものだと思っていた」 「……与一じゃなかったら嫌いになってたかもな」  竜巳の悪態を、輝夜がくすくすと笑って受け流す。何やら今日のこの男は上機嫌だ。てっきり叱られるものだとばかり思っていたのに。 春のよく晴れた日和のような、今にも微睡んでしまいそうな沈黙がその場を包んだ。 「俺はな、竜巳。お前の思う以上にお前を気に入っているんだよ」  突如、輝夜は勢いよく竜巳の肩を掴んで引き倒した。 「っ」  背中を強かに打ち付けたた竜巳は、抵抗しようとして、はっと目を見開いた。  輝夜にのしかかられ、首元に小刀の切っ先が向けられている。琥珀色の瞳と視線が交差して、竜巳は息を呑んだ。 「でなければ、殺していたところだ」  輝夜が甘く、何かをそっと咎めるように囁いた。男は作りもののように美しい笑みを浮かべる。鋭く研ぎ澄まされた冷たい視線が竜巳を射抜き、その場にしっかりと縫いとめてしまった。 「こ、輝夜……?」  輝夜は刃を鈍く光らせたまま、まるで獲物を捕らえた獣のように舌なめずりをした。 「お前と別れた後、俺に何があったのか、知りたくはないか?」 「……知り、たい」  そう答えれば、輝夜は満足げに頷いて、言葉を紡いだ。 「お前と会えぬようになってからは、修行修行の毎日だった。まあ幼い俺は優秀だったからな。そもそも里を出てお前と遊ぶ時間を得ることが出来ていたのは俺ぐらいのもの。皆は、幼い日から鍛錬の日々だったのだ、遅すぎたのもある」 「輝夜が俺といられたのは、輝夜が強かったからってことか?」 「……理由の一部ではあるな」  輝夜は一瞬言葉に詰まり、ごまかすように曖昧に笑った。 「そこで与一の名を捨て、父から輝夜の名を賜った。それからはお前の事を忘れ、輝夜という別の人間として生きようとしてきたのだが――世の中、そう上手くいかないようにできている」 「俺を見つけたのか」 「そうだ。まったく、神はきまぐれだ。幼い日の俺は日がなお前を思っては涙したというのに、全てが終わった後でこの仕打ち」  唇と唇が触れ合うか否かという距離で囁かれる。鼻の頭に口づけた輝夜は、するり、と竜巳の胸元に手を差し入れ、肌を摩るように撫でた。 「……与一、大変だったんだな」 「俺は与一ではない」  竜巳は慌てて口を噤んだ。声は厳しかったものの、叱られることはなかった。 「ところで、俺が与一であった男ならどうだというんだ? 今、お前の目の前にいるのは紛れもなく輝夜という男でしかないのだぞ。戯れにお前を抱くような男だ。それでも、まだここに残るか?」  意地悪く輝夜が笑う。竜巳は肌を撫でる手がこそばゆくて、くすくすと笑った。 「残ってほしいようなこと言っておいて、よく言うよ。名前が違ってもあんたはあんただろ。もう俺、あんたのこと憎めないよ」 「俺が与一だからか?」 「ああ。餓鬼の頃の友達で、俺の師匠だからな」  竜巳がそう返すと、輝夜は一度目を丸くして、切なげに眉をひそめた。 「……お前に色々と黙っていたのは謝ろう。しかし、俺の許に居る以上は安全だ。お前さえおとなしくしていれば、今回のようなこともなかったし、話す必要も無かった。それに、最初に残ると言い出したのはお前だ。今、ここを出ていくというなら解放してやる。確認してやっているのだぞ。……兄のように慕っていた男に手籠めにされたお前を憐れんで」 「……そうかよ。でも、俺、決めた。もう絶対逃げようとしない。あんたに負けないぐらい強くなってやる」  見知らぬ男に無理やり抱かれたのに比べれば、師に身体を明け渡すことなど些事に過ぎない。そう、師に教えを乞うための仕方のない行為で、輝夜も仕方なく男の身体を抱いているのだ。  そう思い直すと、なぜかひどく悲しくなった。それがなぜかは分からない。ただその行為に感情が伴われていないと考えると、胸が痛んだ。  輝夜にもっと興味を抱いてほしい――――。 胸に湧きおこる動揺を悟られぬよう、竜巳は大げさに嘆息した。 「……それにしたって、あんたは本当に口が悪いし、ひどいことばかり――うわ」 刹那、輝夜が竜巳の唇を甘く食んだ。舌で中を蹂躙され、全く息をすることができない。ない。 甘い疼きがじわりと腰に集まってゆく。

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