34 / 83

第34話

吹き荒れる隙間風に混じって、戸が開く音が聞こえ、ぴくり、と耳を澄ませた。腕の中の影が動く様子はない。そっとごわついた髪を撫で、気取られぬようするりと寝床から抜け出す。中に入り込んできた影が音も無く筵(むしろ)に乗り上げ、そっと囲炉裏の傍を陣取った。 「う~、さみい」 火掻き棒を手に取った影――伊織に、輝夜が小さく嘆息する。本来それは家人のみが持つことを許されたものだが、この男に常識など通じないのだろう。暗闇の中でもその雰囲気を感じ取ったのか夜目が利くのか、伊織はへへ、と笑った。  その横に腰を下ろし、両腕を抱える。晩秋の夜の寒さは身にしみるようだ。  数秒の間の後、おもむろに口を開いたのは伊織だった。 「やっぱりさ、ずうっと傍に置いとけよ」 「……またそれか」  かちかちという音と共に、小さく火花が散る。上手く着火したのか、中央で火の粉が燻った。 「それぐらいしか最近のお前と話すことねえだろ。……もう“お役御免”になっちまったんだから」 「…………」 「なあ、そうすれば長も許してくれるって。竜巳だってまんざらじゃ――」 「言うな」  自分で厳しく言い放ってから、輝夜が慌てて竜巳の方を見た。  規則的な身体の上下にあわせて、微かに寝息が聞こえてくる。輝夜は胸を撫で下ろし、伊織に向き直った。 「こいつには外で自由に生きる権利がある。この里にとらわれた俺やお前とは違う」 「違わねえよ。竜巳にはそれを選ぶ権利があるだろ。どんな道を選ぶかはこいつ次第だ」 「……それでは、幼き日の俺の行動が無駄になる」 「拾ってきた段階でもう無駄になってるさ」  言葉の応酬に疲弊した輝夜が口を噤むと、伊織はぼりぼりと頭を掻いた。囲炉裏の火が大きくなる。じきに部屋の中も温まるだろう。  伊織は囲炉裏の火と輝夜を交互に見ると、何かを諦めたように嘆息した。 「これだけ言っても無駄か」 「ああ。――もう放っておいてくれ」  本心からそう告げると、伊織は痛ましげに眉根を寄せた。 輝夜は憐れみを嫌う。それを知っていてなお哀れな男だと思わずにはいられなかった。 そんな伊織の視線から逃れるようにして、輝夜は竜巳のほうを見やりながら低く呟く。 「――俺は、罰を受けねばならない」  低いつぶやきが落ちた。伊織は言葉に詰まり、ばつの悪そうな顔をする。  夜が明けていく。板戸の隙間から薄く光りが差し込んでいる。 「……なんだよ、それ」  静まり返ったその場に、びゅうびゅうという隙間風の吹き抜ける音だけが響いていた。

ともだちにシェアしよう!