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第35話
高い空に雲の散る、肌寒い晩秋の候、竜巳は川辺で洗濯をしていた。着物をたすき上げ、流れの遅いところにしゃがみ込んでいる。
ざばざばと手を赤くしながら、川の水で布をこすり合わせる。泥や砂といったものは案外落ちにくい。竜巳はその行動に腐心していた。
つきり、と感覚の無くなったと思っていた手が痛んで、川面から引き上げる。見れば指の節々が割れ、血が滲んでいた。
「くっそ……」
負けるものか、と衣類に対して意地を張り、痛む手を水面に突っ込んで、じゃばじゃばと洗う。背後に置かれたかごには数日ため込んでいた衣類が積みあがっている。
以前はそのかごに井戸の水を汲んで洗うよう指示されていたのが懐かしい。歩いて間も無い距離ではあるが、輝夜が遠出の許可をくれたのは大きな進歩である。
輝夜の態度の軟化は、慣れてしまえば心地のいいものだった。動作の端々を観察していれば、至る所で与一だったころの片鱗が見え隠れする。自分を甘やかすようになった輝夜は真に当時兄と慕った彼そのものであった。
「……ただ、何考えてるか分かんねえよなあ」
竜巳のことばかり責めるように言うが、かつての弟分を組み敷いた彼はどんな気持ちだったのだろうか。
嫌われてはいないはずだよな、と水面に映った自分の顔を見て思う。どちらかというと好かれているのだろう。ただそれが兄弟としての愛なのか、友としての愛なのか――情愛なのか。それが竜巳には分からなかった。水鏡に映った頬の傷は醜い。これが女であったならなおさら悲惨な生涯を送ったことだろう。これでは誰も見初めてはくれまい。
「こんなところに居たのか」
「うわっ⁉」
突然背後から声がかかり、驚いてびくりと飛び上がった。
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