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第36話

動悸を押さえ慌てて洗濯物を放り振り返れば、そこには穏やかな笑みを浮かべた輝夜の姿があった。 「びっくりした……脅かすなよ……!」 「悪かったな、そんなに集中していたとは思わなんだ」  くすくすと笑いながら歩み寄ってきた男は、胸の前で握られた竜巳の指先を見て目を丸くした。 「ひどい傷だ。子供のやわい手には酷だったか」 「別にどうってことない。ガキ扱いするなって」 「餓鬼かどうかなどどうでもいい」  節くれだった大きな手が小さな手を包む。すっぽりと収まったそれを温めるように握り、輝夜は痛ましそうに目を細めた。 「しまった、もうこの山に薬になる葉がない。お前を拾った時に使ったものでしまいだった」 「いいよ、放っとけば治る」 「良くないぞ。この類は冬にかけて悪化する一方だ……どうしたものか」  そう思案した優男が、はっ、と目を剥いてにやり、と笑った。 「? どうした?」 「いやなに、思い出した。近々、城下で祭りが行われるのだ。あの祭りであれば商人も通りかかる。多少の薬も手に入るやもしれぬ」 「祭り……!」  竜巳はぱあと顔を輝かせたあと、我に返って目を伏せた。祭りなど父母が存命中に経験した程度だ。殆ど覚えていない。  しかし輝夜は連れて行ってはくれぬのだろう。何か土産をくれれば万々歳だ。  そんなことを考えていると、頭をぽんぽんと優しく叩かれた。 「お前も来るか?」 「へっ?」  降ってきた言葉の意味を理解できず、長身を見上げる。男は相変わらず不敵に微笑んでいた。

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