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第38話
祭りの当日は日を置かずにやってきた。
朝方、たたき起こされた竜巳が目を白黒させていると、伊織に風早――見覚えのある男二人がやって来た。
地獄が始まったのはそれからすぐの事である。
「…………」
「おお~、似合うじゃねぇか竜巳!」
「当然だ、俺の見立てに間違いがあるものか」
「やめろよ……」
騒ぎ立てる男二人を前に、竜巳はぎゅう、と拳を握る。文句の一つも言ってやりたいところだったが、背後で帯を握る風早に振り回されやむを得ず口を噤んだ。
「ん~こんなところか。今の流行りなんざ分からんなあ……おい、前から見てどうだ」
「ずいぶんまあ小奇麗に出来上がってるぞ。しかし驚いたな、おっさんが女の帯の結び出来るなんてよ」
「その昔、呉服屋にいたことがあったのさ。……よっし、動いていいぞ嬢ちゃん」
「……嬢ちゃんじゃない! 第一、なんで俺が女物の着物なんか着なくちゃなんないんだよ!」
山吹をさらに煮詰めたような色の紬に、渋い濃紺の帯。それは以前、輝夜が竜巳に買ってきたものに紛れていた女ものの一枚だった。
風早の手で見事に着飾った竜巳は、顔を真っ赤にしてことの発端――輝夜に詰め寄った。
「条件付きだといっただろう。お前は俺の嫁として物見遊山に参るのだ」
「よっ、嫁⁉ な、なんで俺が!」
「お~、顔が真っ赤だぞ竜巳!」
「うるさい!」
「こらこら、せっかく結んでやったのに暴れるな」
伊織に飛びかかりかけたところを、風早に止められてしまう。竜巳ははやし立てる伊織に向かって舌を打った。
嫁さん。
その一言にひどく動揺している自分がいる。何がおかしいのか、風早と伊織はそんな竜巳を見遣って笑っていた。
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