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第44話

「よくそんなことを知っているな。伊達に押し倒されていたわけではなかったか」 「っ、ばか言うな。……あんた、冬になると熊とか他の動物みたいに痩せるのか?」 「ふふ、俺をその辺の獣扱いするとは、こいつ」 「うわ!」  輝夜はそう笑いながら話を逸らした。起き上がった男に、わしゃわしゃと頭を撫でまわされれる。心配になりごまかすなと抗議しようと顔を上げれば穏やかに笑う男の姿があって、つい口を噤んでしまった。 「そんな顔をするな。飯だっていつも共に食ってるだろう」 「……そう、だけど」  それが異様に映るのだ、とは言えなかった。  半月前まで忙しそうに外を駆け回っていた男が、最近になってぴたりと外出を止めた。朝起きて飯を食い、竜巳に稽古をつけ、その身体を貪ってから眠りにつく。それがここ数日の彼のの一日の流れであった。 一時たりとも竜巳と離れることのない日常に、流石の竜巳も違和感を覚えたのである。 不満を顔に浮かべたままの竜巳の頭を、男は再びわしゃわしゃと撫でる。 「お前は己の身を案じていろ。佐平を殺しに行くのだろ。隠密の動きは教えたはずだ、夜であればお前にも殺せる」 「……ああ、分かってる」  竜巳が真面目になって頷くと、輝夜は満足げに目を細めた。 「……案じずとも問題あるまい。この輝夜が稽古をつけたのだ、お前は十分戦えるだろう。間違えても返り討ちになどあってはならぬぞ」 「分かってるよ。教えてもらった通り、上手くやる」 「その意気だ」  輝夜はそう呟いて思案を巡らせてから、立ち上がって服の埃を叩き落とした。そのまま居間へ戻ろうかというところでくるりと踵を返す。  へたり込んだまま琥珀色の瞳と視線が交差する。  輝夜はおもむろに口を開いた。 「雪が深くなる前――次の朔月の晩に、ここを出ていくようにしろ」 「…………へ。朔月って」 「明後日だな」  竜巳が呆気にとられているうちに、輝夜は足音も立てずに背を向けてしまった。

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