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第45話

 翌日。明日が旅立ちだなどと想像だにできず、なんの覚悟もないままに迎えた夕暮れ時、竜巳は厨で夕餉の下ごしらえをしていた。水仕事でぼろぼろになった手は、輝夜に与えられた薬で何とか形を保っているような有様で、冷たい水にさらされ真っ赤になっている。 最近では珍しく外出した輝夜に代わり、囲炉裏の前ではなぜか伊織がくつろいでいた。外はびゅうびゅうと吹雪いていて、隙間風が気味の悪い音を立てて吹き込んでいる。明日の朝は一面が銀世界と化しているに違いなかった。 「あいつ血も涙も無いのかよ! 少しは情が湧いてくれたっていいだろ、なんだよあの言い方!」 「あー、まあ……」 「あんまりだ! 急だぞ! 急に出て行けって! ひどいと思わないか⁉」  竜巳が乱暴な手つきでじゃぶじゃぶと大根の土を洗い流す。もはや叫びと化した呟きに曖昧(あいまい)な相槌を打ちながら、伊織は苦笑した。 「えーと、お前は急な話なもんだから、突然捨てられた気分になって拗ねてるんだな? でも相変わらずべたべたに甘やかされてるんだろ?」 「それが腹立つんだよ! 俺が邪魔になったならそう言えばいいのに」 「いやいや、そりゃあ違ぇだろ」  この少年はどこまで鈍いのだろう、と伊織は呆れにも似たため息がこぼした。己の感情にこそ気づきそうなものだが、そういう部分はまだ子供なのかもしれない。  伊織の珍しい表情を見た竜巳は、桶で野菜を洗う手を止めた。 「……あんたから言ってくれたら、もう少しいてもいいって言ってくれるかも」

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