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第49話
この男は何を言っているのだろうか。
彼と出会ったのはたった数か月前のこと――と考えたところで、幼い日々を共に過ごしたのを思い出した。
伊織の瞳が剣呑な色を帯びている。これまでにない表情に竜巳はしばし戸惑った。
「なん、だよ、それ……」
「……知らねえんだろ? お前はもっと自覚した方がいい。いいか、輝夜はお前を、お前が思ってる以上に大事にしてやがる。……全く、神様ってのは残酷なもんだよ」
伊織は忌々し気に呟くと、はっと顔を上げて土間の方を見た。ふときょろきょろと辺りを見回し、ふらりと立ちあがる。
「……よし、俺はそろそろ帰る。また間男扱いされたんじゃあたまったもんじゃねえしな」
そう無理やりに笑って見せた伊織に、竜巳は頷きを返した。土間へ下りた彼を追おうとすると、手で制され、そのまま立ち尽くす。
そうして伊織が引き戸に手をかけた時、彼が力を籠めるより先にがたりと音を立てて戸が開いた。
「……またお前か」
まじまじと顔を凝視した家の主――輝夜が嘆息してその隣を通り抜けようとしたその時、伊織が輝夜の肩を掴んだ。
輝夜が訝し気な目を向ける。その視線を受ける伊織の表情はひどく固い。
「――全部、話しちまった方がいい」
「…………」
低い声でそれだけ耳打つと、伊織は「またな」と佇(たたず)んだままの輝夜の肩を叩き、ひどく吹雪(ふぶ)く闇の中へ消えて入ってしまった。
すとん、と引き戸が閉じられる。隙間風が一際甲高く鳴いた後、部屋の中に沈黙が落ちる。
輝夜は竜巳に一瞥(いちべつ)をくれた後、何事もなかったかのように筵に上がった。
「……今度は、あの阿呆に何を吹き込まれた?」
普段と変わりない様子で、輝夜が問う。竜巳はその様子に一抹の寂しさを覚え俯いた。どう答えようか迷ったのち、少しばかりかまをかけてやろうと思いつく。
「……あんたの昔の話とか、だよ」
「!」
突如、がちゃん、という音がして思わず顔を上げた。
そこには器を取り落とし、鬼の形相でこちらを睥睨(へいげい)する輝夜の姿があった。
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