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第52話
「それで、その願いとは」
竜巳はごくりと生唾を呑んで、勢いよく土下座すると床に頭をすりつける。
何を急いでいたのだろう。
普段であれば抑え込んで口にすることなどなかったであろう言葉が、口をついてするするとこぼれて行ってしまう。
「――俺を、ずっとここに置いてほしい」
数秒の間を置いてしっかりと礼をしてから、頭を持ち上げた――その瞬間。
「…………」
ぱしん、と小気味(こきみ)のいい音がした。無言のまま頬を思い切りひっぱたかれたのだ。
輝夜は険しい表情になって、呆然とする竜巳を見下ろし、苦し気に叫んだ。
「図々しいにも限度がある! 何を馬鹿を抜かしているのだ。温(ぬる)湯(ゆ)に浸かって気まで緩んだか!」
「きゅ、急に何で」
輝夜の変貌に竜巳は身を竦めた。口から泡を飛ばしながら、輝夜は叫び続ける。それは罵倒にも近い言葉だった。
「物取りをして小銭を稼ぎ飢えを凌いでいたころに比べれば格別の待遇だろうな、家にいて身体さえ差し出せば飯が食えるのだ。この生活が癖になったか? 甘ったれるな!」
「ちが、俺はそんなつもりじゃ」
身体と引き換えに飯を与えられている、などと考えたことも無い。竜巳は目頭が熱くなるのを感じた。
「俺はただ、佐平に復讐したらまた、一緒に暮らせないかと思っただけで」
「――なおさら図々しい。どれだけ面倒をかければ気が済むのだ。お前をここに置く義理などない。楽をしたければ別の男――ああそうだ、佐平にでも媚びを売ると良い。あの男ならば迎え入れてくれるだろうさ、お前が幼いうちは」
「っ、違う、なんで、なんでそんなひどいことばっかり……!」
「事実だろう」
「違う、違う!」
竜巳は何度もかぶりを振って、目の前の男を睨むように向き直る。
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