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第54話
「ふふ、ふはははは……」
天を仰いだ男が、ひどく低い声で笑う。その不気味さに硬直していると、ひとしきり笑い終えた輝夜は口元のみを醜く歪めて言い放った。
「馬鹿なお前に教えてやろう。幼い日の俺の犯した罪はな、ひとつではない」
その叫びは懺悔にも似て、竜巳を見おろす瞳には言いようのない悲しみが湛えられている。
「俺はまだ与一であった時分に、お前を殺すはずだった」
竜巳は大きく目を見開いた。なぜ、と問おうにも身体も、声も自由が利かない。まるでそこにあるだけの人形のように押し黙った竜巳に、輝夜は畳みかけるように言う。
「俺とお前の瞳が同じことにまことに何の疑問も持たなかったのか? 本当にめでたい小僧だ。はは、これだから里を離れのうのうと暮らしたやつは」
竜巳の口元を離れた手が、竜巳の瞼をなぞるように触れる。竜巳は背筋を這うような悪寒を覚えた。輝夜が恐ろしかったのではない。彼の紡ぐ言葉が恐ろしくてならなかった。
恐ろしい顔を浮かべたままの男が、耳元に唇を寄せる。
そしてよく通る低い声で呟いた。
「俺はな、お前の実の兄なのだよ」
――自嘲を含んだ、今にも泣きだしそうな声だった。
「え……?」
「妙ではないか! この化け物の瞳を持つ者が邂逅するなど。あの出会いはな、必然だ。俺がそう図った。お前を殺すために」
ひゅ、と息が詰まった。
歪んだ真紅の瞳から目を逸らすことが出来ない。竜巳は無意識のうちにへらり、と笑った。
「あんた、何、言って……」
「お前に隠していた事実、すべてだ。受け入れて尚、お前は俺の傍に居ることを望むか?」
輝夜が悲痛に眉根を寄せる。
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