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第61話

「そんなひどいこと言わないでくれよ……! 俺、知ってるよ。再会したとき、あんた、俺を殺さなかったこと。たまたま殺せなかったんじゃないってこと。でなきゃ、あんたが仕留め損じるわけがないんだ」 「……何が言いたい」 輝夜が静かに激昂した。怒気を孕んだ瞳は、今にも泣きだしそうにも見える。竜巳は逡巡した。自分でも、何が言いたいのか分からなかった。 ぽつり、薪を囲炉裏にくべながら、輝夜がこぼす。 「なあ竜巳、お前は何を憎む? 己の境遇か、それとも流れる血か、それとも――与一か?」  喜劇にもならぬ真実を耳にしてなお、しかし竜巳はどこか冷静だった。 「……俺は、何も憎まない」  両の手を見て竜巳はぼんやりと答える。 「ただ悲しい、それだけ」  何が起こっているのか、何を話されたのか、まだ理解できない。おとぎ話でしか効いたことのない鬼の存在に、異母兄弟である事――すぐさまのみ込むのは困難を極めた。  ただ一つだけ分かることがある。それは輝夜が誰よりも苦しんでいるということだった。 「あんたは?」 「――あ?」 「あんたは、何を憎んでるんだ?」  輝夜が押し黙り、剣呑な面持ちで竜巳を見た。  聞かなくてはならないと思った。答えは察していたが、彼の口からきかなくてはならない、と。  逡巡した輝夜が立ち上がり、竜巳の前まで来るとしゃがみこんだ。 「俺が憎いのは」 「……うん」 「…………お前だ」 「…………」  輝夜は呟くと、ごん、と勢いよく床を殴りつけた。 ぎり、と奥歯を噛み締めて持ち上げた顔の双眸が、妖しい光を放って赤く輝いている。竜巳は無意識のうちに呟いた。 「……あんた、嘘つきだ」  怪我を負った獣のように怯えた目をした男の頬に、そっと手を伸ばす。輝夜は一瞬目を逸らしたのち、ばつが悪そうな顔でされるがままになった。

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