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第63話
「――……」
目覚めると、輝夜の姿はなかった。外された雨戸から冷やかな空気が流れ込み、燦燦と火が降り注いでいる。旅立ちの日は奇しくも晴天であった。
いつも通り毛皮から抜け出すと、肌には生々しい情交の痕が残っていた。腕や腹を何度かこすってみたが落ちる気配はない。
屋内に人影はなかった。
傍には風呂敷に包まれたわずかばかりの荷物が置かれている。
竜巳は一瞬だけ輝夜を待つか逡巡した後、諦めて身支度を整えた。
「よう、元気――なわけねえよな」
そうしているうちに、普段より陽気さの失せた伊織がやって来た。伊織は粟の混じった握り飯を二つ手渡すと、輝夜に近くの村までの案内を頼まれたと語った。
「ったくよ、あいつが送って行けばいいのになあ。あいつの事を恨まないでくれ」
「……あいつの方が俺の事を恨んでるんだよ」
皮肉を込めて言うと、伊織が目を丸くした。
「馬鹿言え、あんなに過保護なぐらい構い倒してたあいつが――」
「でも言ってたぞ。俺が憎いから手を出したんだってさ。本当は女の身体の方が好きだとも言ってたぞ」
事実を並べると、なんだか悲しくなってきた。
そんな竜巳を見た伊織の顔が青ざめたかと思うと、その表情がみるみるうちに怒りを宿したものへと変わっていった。
「あいつそんな事を……! すまん竜巳、後でぶん殴っておく」
「いや、いい! 分かってるんだ、あいつが本心で言ってるんじゃないってことぐらい、分かってる」
「竜巳……ごめんな」
竜巳は微笑して首を横に振ったが、伊織は悲し気な表情のままだった。
「なんであんたが謝るんだよ。行こう、送り届けてくれるんだろ?」
「…………ああ」
何か言いよどんだ伊織が、小さく頷く。
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