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ベビードール
夜。ハイドは風呂で念入りに体を洗ったあと、黒いボクサーパンツを履き茶色いパジャマのズボンを身につけ、逞しい上半身は裸のまま上からグレーのガウンを羽織って、バスルームを出た。ゆっくり歩いてパートナーの寝室に向かう。たっぷり余裕をもたせてノックしたあと、扉を開けた。
ウィルクスも風呂上がりで、ベッドに腰を下ろしていたが、いつものスウェット上下とは違っていた。
彼は淡いグリーンのベビードールを着ていたのである。
レースをふんだんにあしらったカップと、デイジーの飾りがついたストラップ。胴体部分は透けており、腰のところで裾がふんわり広がっているAラインタイプのもの。半透明なそれが、大きくなった腹を覆っている。その格好で、ウィルクスはきりりとした美貌を強張らせてハイドを待っていた。
ハイドの顔が、ぱああ……と光を放つように輝いた。ガウンを脱いでベッドに駆け寄り、「可愛い!」と叫ぶ。
「すっごくセクシーだよ、エド……!なんて素敵なんだ。きみは素晴らしいよ!」
ウィルクスは真っ赤になり、ぴらぴらした裾をつまんで引っぱっている。
「お、おかしくありませんか? これ、女装ですよね?」
「おかしくない! すごく可愛い。食べてしまいたい」
ウィルクスはさらに赤くなった。怒った顔で目を伏せ、「ほんとに買ってくるなんて思いませんでした」ともごもご言った。ハイドは明るくうなずく。
「うん、今日の昼、仕事で外に出たついでに『マーマレード・マフィン』で買ったんだ。きみとこのまえ買い物に行ったから、店員さんに顔を覚えられててね、『男性のパートナーがいるのに……?』って危うく不貞を働いていると誤解されかけたけど、しっかり真実を説明してきたから」
「うわ、なんてことを」
ハイドはベッドに腰を下ろす。マットレスが重みで沈んだ。ハイドは機嫌よくパートナーの短髪を撫で、その姿を目で堪能した。
「今きみ、ボクサーパンツ履いてるよね。せっかくだから女性用の可愛い下着も買えばよかったかなあ」
「はみ出ますよ!」
赤くなって眉を吊り上げるウィルクスを抱きしめ、ハイドはとろんとした顔になる。
「あー、可愛い……。ぼくの奥さんはなんて可愛いんだ……」
「はいはい」
ウィルクスは軽くあしらって、ハイドの体に腕をまわした。ぎゅっと抱きしめる。おれ、こんな格好だけど腋毛もすね毛も生えてるんですよ。そう思ったが、言わないでおく。二人はしばらく抱きあってじっとしていた。
どちらともなく唇を求める。軽く唇を吸い、舌を絡めて、キスは深くなっていく。ハイドの手が大きくなったウィルクスの腹を撫でる。シド、子どもができるのが怖いって言いながら、お腹が大きくなってからはそこばっかり触ってくるんだから。ウィルクスはうっとりしながらそう思った。
かすかなリップ音を立てて唇を離すと、二人は見つめあった。ウィルクスだけでなく、ハイドの目も欲情でぼうっとなっている。ウィルクスは夫の頭を抱き寄せ、いたずらっぽく言った。
「おれも仕事に復帰したいから、速攻で二人目つくるのはやめましょうね」
「……もう、いいよ」
固いその声に、ウィルクスは彼のことが心底愛おしくなった。もう一度キスをして、夫に擦り寄る。ハイドも情熱的に抱きしめ返してくる。ウィルクスはハイドの優しい手で体を横たえられて、身重の体がベッドに沈んだ。ぽうっとした顔で、ウィルクスは夫を求めようとした。
しかしふとその動きが止まる。ちょっと心配にもなったのだ。ハイドの目を見て、言いにくかったがぽつりとつぶやく。
「こんなこと思うなんて早いし考えすぎだと思うだろうけど、なんというか……あなたとおれに似て助平な女の子に育ったらどうしようって、ちょっと心配なんですよね……」
「人生をより楽しめるんじゃないか?」
ハイドはからっとした笑顔で言った。ウィルクスは思わず笑ってしまった。
「あなたはものすごい暗い面と、ものすごい能天気な面を持ってますよね」
「破綻してるんだ」
まじめな顔で言ったハイドに、ウィルクスは彼の頬を指の背で撫でた。ハイドの薄青い目は、いつの間にか欲情で据わっていた。ウィルクスは背骨が蕩けたようにベッドに身を沈め、だらしないほど緩んだ顔でパートナーを見上げた。
どんなに優しく微笑んでいてもすぐにその気になる夫のことを、ウィルクスは深く愛していた。
ちゅっと音を立てて軽くキスし、ハイドが覆いかぶさってくる。ウィルクスは彼の首に腕をまわし、耳を咥えた。ハイドの体がぴくっと跳ねる。彼は耳が弱い。それを知っていて、ウィルクスは内心にんまりした。
ハイドは据わった目で黙っていたが、やがてにこっと笑ってパートナーの耳にささやいた。
「なあエド、前から気になってたんだが」
「はい?」
「ドライでイきやすいと女の子が産まれるってほんとかな?」
「……迷信ですよ」
キスをして、ハイドは自分の下にいる男の姿を堪能した。恥ずかしそうにベビードールを着て、その腹は豊かに膨らんでいる。その姿を見つめる目頭がふいに熱くなった。
「……おれに子どもができたんだ」
ウィルクスは彼を抱き寄せた。そうですよ、とささやくと、ハイドは恥ずかしそうに涙をぬぐっていた。
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