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蓮の心、親は知らず
蓮が幼稚園に通い始め、早いもので五日。逃げる事もなく、行きたくないと駄々を捏ねる事もなく、何とか最初の一週間を乗り切れそうだ。
今日は保育参観日。
PTAみたいなのが幼稚園にもあって、保護者会総会後、クラスの役員を決め、それから子供達と一緒にカレーを作り、会食して解散。そういうスケジュールになっている。
休みを貰い、行く準備をしていると携帯が鳴った。
『佐田さん・・・すみません・・・本当にごめんなさい』
電話の相手は、社長の奥さん。
一緒に働いているパートさんのお孫さんが急に熱を出し、娘さんが会社を休めないから、代わりに孫をみないといけなくなったらしい。
『出勤・・・できますか?』
「分りました。大変なのはお互い様なんで」
いつも社長さんや、奥さんには世話になっている。断る訳にはいかない。
電話を切り、近くにいたお袋と、親父に代わりに行ってくれるように頼んだ。
「ごめん、アルバイトの仕事が入っているの」
お袋は週に二回ほど、ビジネスホテルの清掃のアルバイトをしている。
「悪いな、老人会でカラオケ教室」
「はぁ!?なんで、朝っぱらからカラオケなんだよ」
ことごとく断られ、葵に頼むしかないか。
でも、保護者の中には、蓮ばっか特別扱いして、そう騒ぐ親がいるかもしれない。
息子だけ、誰もいないでは可哀想だし。
携帯のダイヤルを何気に押して、ふと気が付いた。
何で、迎さんに掛けているんだ?
慌てて切ろうとしたら彼が出て。更に焦った。
「間違い電話でした、すみません」そう、素直に謝って切るはずだったのに。
「あの、迎さん・・・」
『どうしました!?何かありましたか?』
「実は・・・今日、保育参観日で・・・行くつもりでいたんですが、急に仕事が入ってしまって・・・迎さんに、こんな事、頼める義理ではないんですが、代わりに行って貰えるかな・・・そう思って」
『分りました。時間は?』
「十一時からです。カレーを子供達と一緒に作って、みんなで食べて、一時までには終わります」
『佐田さん、僕でいいんですか?』
「迎さんしか頼める人がいなくて・・・本当にすみません。忙しいのに」
『嬉しいです。佐田さんが、僕を頼ってくれるなんて・・・』
電話の向こう側の彼の声は弾んでいた。
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