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青天霹靂
「帰る?法事?」
「……3月の話だよ。こっち引き払うから」
「え……え?」
「地元に帰って教師になる。兄貴は東京だし俺が親元に帰るよ。住む場所の心配をしなくていいし、一人暮らしより貯金ができる」
「ここじゃないと?」
白井はやっぱりかという顔をした。俺は卒業した白井が北海道に帰ることを想定していなかった、まったく。
「4年間暑さと戦ったが克服できる気がしない」
「それは……わかるっちゃけど、俺はどうするん」
「どうするもこうするも、こっちで新しい恋をするしかないんじゃない?」
「そんな……え?お前は俺を好きじゃなかったと?」
「好きだよ。好きだけどどうにもならないことがある」
「何?別れるってこと?」
「北海道と宮崎で遠恋なんて無理にきまってるじゃん」
「なんとかなるっちゃないと?」
白井は小さくため息をついた。突然のことに俺は思考が回っていないし、いきなり帰る、別れると言われれば縋るじゃないか。だって俺は白井を手放すことなんてできないから。
「何とかなるは何とかならないんだよ」
「わからんやろ?」
「あのね、厳しい冬を生き抜くためには「何とかなる」精神だと死ぬんだよ。食料や燃料を準備しないとならないし、車も靴も住宅も全部寒冷地仕様で割高だ。こっちで買った靴を履いて雪道は歩けない。
4年住んだ宮崎は最初の頃より好きになったよ。人もいいし、食べ物も美味い。でもさ、命の危険を感じるほど暑い。毎年夏に風邪でもないのに40度違い熱をだすのは身体がオーバーヒートを起こしているからだ。
それに冬には雪が見たい。クーラーではなくてストーブのある所に帰る。
この付き合いが終わるのは残念だ。本当にそう思っている。でもどうにかなるって考え方はできないんだよ。地域的思考と経験値だろうな。俺の気持ちはわかってもらえないよね……ごめん」
最後の「ごめん」は「以上!」に聞こえた。
この日を境に白井からの連絡はなくなった。でも俺は二日に一回電話をして飲みに行こう、遊びに行こうと誘い続けた。その誘いは三回に一回しか成功しなかったが顔を見ればやっぱり嬉しい(しかしベッドへのお誘いは全敗)
白井の線引きはピシャッと揺るぎなく可愛げがない。一縷の望み、そんなものを期待した俺だったが、日に日に望みは小さくなり続けた。
甲子園が幕を閉じ、夏が秋を経て冬に。そして春の兆しが見える頃白井から連絡がきた。「明日帰るから。元気で」そっけないセリフみたいな言葉に俺は「おお」としか返せず、切れた電話を握りながらサメザメと泣いた。白井の中では完結した恋かもしれないが俺の中では現在進行形のまま。
キリキリする胸とともに泣いたり怒ったり、思い出に釣られて自分で慰めたりを繰り返す日々。
白井の言った「新しい恋」をみつけるために、出会いを求めてみた。自分を組み敷いた男の肌が白くないことを残念に思うとあっけなく萎える。手のひらに感じる胸毛の質感にウンザリしてさらに萎えた。そんな俺におかまいなく勝手に動いて果てた男は俺を残して帰っていく。そんなことを3回ほどやってみて、あまりの馬鹿さ加減に自己嫌悪の大陸に埋もれてグズグズ泣いた。
失恋後遺症に悩まされているのに、解決策も救いもない。淀んだ海をジャブジャブ泳いでいるような気分のまま毎日を送った。
無気力と失恋病を抱えたまま時間は淡々と流れていく。季節は巡り甲子園を来月に控えた7月、宮崎は梅雨明けを迎えた。
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