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「ジャックさん、あのぉ。俺、めちゃくちゃヤバい国の、こう……治安悪いところに連れてかれると思ってて。売られた後は、体バラバラにされたり、奴隷としてぞんざいに扱われたり、死ぬまで労働させられるのを想像していたんですが? これ、高級なんちゃらとか言う、お偉いさん相手にかなりいい額もらえるお仕事なんじゃ? ていうかここ、にほ」 「もちろん、ここ以外でも別の仕事をしてもらうつもりだし、君にはこれから住むマンションの家賃や食費、光熱費、税金を全部自腹で払ってもらうから。そういうことあの学園でしてこなかったでしょ? これから大変な思いをするね」  あー、うん。なんか珍しくジャックがドヤ顔してるのは、見てて面白いけどさ。確かにあの学園に通っていたならこういう状況にうろたえるかもね。うん、もしかしたら、そうなるかもー。  でも、俺実家で恐ろしく雑に扱われてたんだよ。ついでに、こういうお仕事も人脈作るのにいいかもって興味あったから、ダメージとか全然食らわないんだけど。 「いやー、親父もお袋も金出すって言っても必要最低限だけだし、叔父さんにはただでさえお世話になってるのにお小遣いまでもらうわけにいかないじゃん。でもそれじゃ、あの学園でやっていけないし、知人とセックスするついでにお金もらったら、売春になっちゃうの嫌だから、外出許可毎日もらって一般家庭の高校生みたいに、バイトとかしに行ってたり! あははっ」  笑って誤魔化してはいるものの、やっぱり色々ツッコミどころあるよね。ジャック、石みたいに固まっちゃった……。  あの学園で俺が外出するのは、男を漁りに行くためだとか噂流されてたけどさ、そんなセックス大好きの絶倫でも、ケツの穴が鋼並みに頑丈なわけでもないから。  毎日何人も相手をとっかえひっかえして、何十回もヤるとかどんな拷問だっつーの。ケツもちんこも駄目になって、病院受診するはめになるわ。 「そう……なの。まあ、いいや。うん、仕事をいやいやされるよりも助かるし……」  明らかに動揺しているジャックに同情しながら、促されるようにして自動ドアをくぐり抜ける。  それにしても、ジャックってこんなに感情や表情が豊かな人間じゃなかったと思うんだけど、一体彼にどんな変化があったというんだろう? ※  結局夕方から夜にかけてはあの店で働く形の契約をオーナー(京一の下で働いているゴロツキをイメージしていたが大違い! 第一印象は優しそうな人)と交わした。お得意さまが定着するまで時間がかかりそうだし、他の仕事もするように勧められた。  ついでに、マンションは店まで電車で三十分のところ。セキュリティーがかなり充実してる割になぜか家賃が異常に安い訳アリ物件を借りられた。でも、家なし子に怪談とかお化けとか、前の住居者が首吊り自殺したとか、そういうのをいちいち気にしてる暇はない。元からその手の話に興味ないタイプの人間だしね。  ていうか、大人な夜のお店が密集している場所だからか外科、内科、整骨、接骨、歯科、皮膚科、泌尿器科、産婦人科もろもろの病院やクリニックがあるんだよね。別に沢山あっていいんだよ、便利だしさ。  ただ、肛門科があってガタイのいいかっこいいお兄さんが出入りしてたり、モデルさんみたいにきれいなお姉さんがあわくって性病・性感染症専門クリニックに向かったりしてるのは見たくなかったなーとか思ったり。心療内科と精神科が乱立してるのも……うん。  体と心を壊さないように、健康管理しなきゃだなって意識が芽生えるよね。 「そんでもって朝から医療事務のバイトとか。せっかく大学進学しなかったのに、なんでこの業界にかかわらなくちゃいけないんだか……」  ブツブツと愚痴を呟いていると、黒髪天パにあごひげ生やした白衣を着たおっさんにスリッパで頭をひっぱたかれた。 「いった!?」 「おい、そこのガキ。やる気がねぇならとっとと帰れって言っただろうが! そんなに念仏が唱えたいんだったら、寺にでも行きやがれって言うんだ!!」 「なにすんだよ、この闇医者! ふざけんな!!」  腹が立って暴言を吐けば今度はカルテで頭を殴られる。この野郎……医者の癖に乱暴なことばっかりしてくるとはどうなってんだ!? 「馬鹿野郎! 患者さんが誤解するようなこと言うんじゃんねえ。俺は闇野(やみの)っつー苗字だけど、闇医者でもヤブ医者でもねえんだよ! 医師免許だってちゃんと持っとるわ!!」  そうして患者さんのことなんて、もう頭の中からすっぽり抜けて、ギャーギャーうるさく二人で怒鳴り合っていれば、千年にひとりの逸材と言われる女優さんそっくりな美少女風看護師が青筋を立て、闇野の首根っこをひっつかまえた。 「あっ、あっれえ? 日比野(ひびの)くん。ちょっとお怒りモードだったりする? もしかて女の子の日」 「先生、セクハラで訴えますよ。せっかくうちに来てくれた貴重なアルバイトくんを、いじめるのはやめてください! って何回も言ってますよね? こんなところで油を売ってる暇があるんだったら、お待たせしている患者さん達の診察、ちゃーんとやって……ください、ね!」  細腕にもかかわらずヒョイと170cm越えの中年男を抱え上げて、診察室に投げ入れるとか日比野さんってすごいなー。年齢・性別ともに不詳なおっかない人を横目で見つつ、俺も真面目に仕事をしようと患者さんから診察券を受け取る。 「まったくいい年して仕事に私情をはさもうとするなんて! いくつになってもガキなんですね!! 宇都木(うづき)くん、あんな人の言葉信じなくていいですから。なにかわからないことがあったら直ぐ聞いてくださいね」 「えっと、あ……はーい! ありがとうございます」  内心滝汗を掻きながら、笑顔で愛想よく返事をする。日比野さんが患者さんを診察室へと案内するのを確認して、PCのキーボードをひたすら打って入力作業をしながら、頭の片隅で考えごとをする。  ――ジャックは自分の知り合いに俺を紹介して、まっとうに暮らしていけるほどのお金がもらえる仕事に就けるようにしてくれた。夜の仕事だって、他のところと比べたらずっといい案件だと思う。

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