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出勤は無理強いなしのシフト優先。仕事が入らない時は待合室という名の個室で自由に過ごしてていい。プレイ内容は性病・性感染症にならないことを第一にし、お客をとる人間が病気にかかってないか検査必須。もしかかってた場合は治療費を出して、医師が完治を認めるまでお休み。細心の注意を払って、お客さまもこちらがわも嫌な思いをすることがないように、お目付役付き。
これって全然俺の考えてた世界と違う。この業界を肯定も否定するつもりもないけど、多分京一が俺にさせようとしていたことに比べたら絶対的に楽だし、安全なんじゃないかな。
……ていうか、最近ジャックの姿を全然見ない。前は事務所でチラッと顔を合わせたりした(ただ、いつも忙しそうにしてて、話しかけることは一切できなかったんだけどね)。
何か危ないことに首突っ込んでたりしないよね? 俺、かなりいい扱い受けてるけど……ジャックの立場的に、それってよくないんじゃない? って思うんだよね。
これが原因で京一に目をつけられて、ひどい目に遭ってたりとかしてないといいんだけど。
※
「――――もしもし」
『あら、ジャックじゃない! ご機嫌いかが。あの美少年くんとのアバンチュールな日々は楽しめて?』
耳になじんだ美しいソプラノボイス。女性らしくしっとりとした優しいしゃべり方。
……僕は後何回、この人と言葉を交わすことができるだろう?
「お戯れはよしてくださいよクイーン。僕と彼は、そんな関係じゃありませんよ」
『あら、そうなの。残念ね。なんだかつまらないわ』
「僕は彼を京一さま から逃し、一般の日本人として自立した生活ができるように手伝ってあげたいだけです」
『それなら、夜のお仕事をさせる必要はなかったんじゃなくて?』
僕だってそうしたかったのは山々だけど、できなかった理由があるんだから痛いところをつかないでほしい。
「あの方……京一さま が、静流 がどれだけ男娼として売れたのか額を確認したいと。だから、彼自身に何かしら夜の仕事をしてもらうしかなかったんです。僕が紹介したところなら国外の上流階級の人間も利用するから、誤魔化しも少しはできるかと。それに、ばれたとしても下手にあそこで手を出せば、元からあの場所にいた連中にキングの情報が回りますし。業界の大御所が彼の客として何人かつけば、少しは抑止力になるのではないかと考えてみました」
『まあ、彼はあの子にそんなことを! ……あなたにも迷惑をかけるわね。やはりお父さまが耄碌 して愚弟の操り人形になってしまったのが、よくなかったんだわ。私がおとめしていれば、こんなことには……』
※
――――トランプというマフィアは、イギリスに集まった多国籍の人間からなる自警団が最初だった。一般市民には手を出さず、悪事を働く不届きもののみを締め上げ、管理してポリスに突き出す異例のマフィア。その十三代目にあたる方を僕はとても尊敬していた。
だが彼の末の子どもである現・十四代目のキング……この国で京一と偽りの名前を名乗っている男は、最低最悪だった。子どもの時から動物をむやみやたらと残酷に殺害し、一般人にいきなり暴行を働いたり、毒薬・劇薬を作ってはトランプの下級幹部たちの料理に盛ったりした。
そんな彼は、弱い人間をマインドコントロールし、地獄へと引きずり落とすのを一番の楽しみにしていた。
それでも僕は彼に命を助けられた恩があったし、なにより命令に逆らってなにをされるのか怖くて罪を重ね続けた。自分がどれだけ常人と比べて狂っているのか、極最近になって気付かされたとか、人として終わってる。
「そうですね。まさか、あの方のやり方をあんなに毛嫌いしていたはずのボスが、老衰して一番に頼ったのが彼だったことに僕も驚きを隠せませんでした」
『ええ、本当に。血の掟もマフィアのルールもくだらない因習だと一蹴して、とんでもない事業にばかり手を出すんだもの。うちは一般市民に手を出さない家だから、ポリスの目もかいくぐれたし他のマフィアと友好関係を結べて同盟も成立していた。なのに……。こっちの方も収拾がつかなくて大変な騒ぎになっているわよ』
「――彼は、もう、ここで始末した方がよさそうですね」
彼女が息をのむ、そんな気配が電話越しからした。
『ねえ、ジャック。私はお母さまやお父さま、部下たちに愛されて育った人間だから、あなたがうちに秘めている苦しみや、心の闇を分かち合うことは永遠にできないわ。でもね、愛を知っているから、幸せを知っているから、あなたがなにを切望しているのか、痛いほどわかってしまうのよ』
……どうやら、彼女にもバレてしまっているようだ。
日に日に僕は嘘を吐くのが下手になり、本音を建前で隠すことができなくなってきている。幼い頃から自分にも相手にも嘘を吐き、本音を隠すことによって、生き延びてきた。それができなくなってしまうなんて随分と弱くなってしまったものだ。
それとも、あの感情を知るとどんな人間でも弱くなってしまうのだろうか? それとも普通の人間であれば、誰にも負けないぐらいに強くなれるものなのだろうか?
「……僕はただの復讐鬼 です。きっと神も人も、この世界も僕が愛や幸せをつかむことを許しはしないでしょう」
『なら、あなたを実の弟のように可愛がってきた私が許します』
凛とした女性であることは昔から知っていたが、まさかこんな言葉が彼女の口から出たということに僕は驚かされた。
『私も太陽 のもとを堂々と歩ける人間ではないので、説得力にかけるでしょう。ですが“この世に一体、何人の人間が罪を犯さずに生きられる”と言うのですか。ましてやあなたは快楽殺人を好んだり、衝動的に人を殺めるような人間ではない。この世界から一刻も早く足を洗い、法の下で罪滅ぼしをしなさい。そうすれば……』
「あなたさまの言葉にはいつも救われます。ですが――――申し訳ありません。僕はどこまでいっても、自分の信念を曲げることができない愚かな悪人でしかないのです」
クイーン、本当にごめんなさい。子どもの時からいっぱいお世話になったのに、僕はあなたに恩返しすることもできません。
だって、覚悟を決めてしまったから。僕のすべてをかけて静流 を京一 から守り抜くことを。
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