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 ジャックは眉間に皺を寄せ当惑した様子で、俺の方へと近付いてくる。   うわー、ジャック。心配してくれるのはすごくありがたいけど、お願いだから近付かないで。今めちゃくちゃ自分の馬鹿さ加減を痛感して、穴があったら入りたいって思ってるところだから。 「うーん。まあ、それなりにね。先生からお袋の話聞いてさ、ちょっと昔のこと思い出して……気分が落ち込んでるのかもね」 「何を思い出したの?」  ジャックにだったら平気かな? こんな話聞いたら相手は胸糞悪くなるだろうし、最悪俺と距離を置こうとするのが目に見えてたから誰にも一度も話さなかった。  でも、なんでかジャックには俺のことをもっと知ってほしい。それから、俺もジャックのことをいっぱい知りたい。彼がどこで生まれて、どんな家族とどうやって暮らしていたのかを教えてほしい。  窓から見えたあの銀杏並木へと歩を進め、目の前にある木製のベンチに座った。 「俺がなりふりかまわず誰とでも寝るようになったきっかけがなんだったのかを、思い出したんだ。本当は誰に愛してもらいたかったのかもね」  ジャックは口を真一文字に結び俺の隣に座ると話を続けるように促してくれた。  ……今更だけど涼太に「セックス好きな淫乱(ビッチ)」って罵られてすっごくムカついたのは、涼太の言っていることが的を得ていると自分で思ったからなんだ。  どんな男にでも足を開いて、どんな女にでも突っ込む自分が本当は嫌で嫌で堪らなかった。心の奥底ではそんな自分を侮蔑しながら体だけの関係ではいつまでも満たされず乾いて渇いて、心も体も疲弊していった。どんどん自分がおかしくなっていくのに自分では止められなかった。  昔の俺は死んでなんかいなかった。なのに死んだことにしてたなんて、今思うとどうかしてる。  どうようもなく悲しくて、悔しくて、苦しくて、寂しくて、憎くて、辛くて。このまま現実を生きることに限界だった――だから、何も感じないふりをした。心を麻痺させて、全てのことから目を逸らし心を殺して生きる道を選んだんだ。負の感情も記憶も全部心の奥底へと隠して、忘れたことにしてそして今の俺へと成長した。  そうすることでしかガキだった頃の俺は生きる術を見いだせなかった。そのルール()が崩れれば宇野原静流がなんのために産まれて、なんのために生きてきたのか存在意義がなくなっちゃうから。  ……俺がほしかった愛は親から子へと注がれる「無償の愛」だった。無理だとわかっても、愛されることは絶対にないとわかっていても、それでも両親から愛されたかったんだ。  昔っから諦め悪いからさ、親の姿見かけるとガキの頃はすっげえ追いかけまわしてた。かまってほしくて自分を見てほしくて必死だったんだよね。そんなことしても、あの人たちからどんどん嫌われるだけだなんて気付けるような年じゃなかったし、他の家と自分の家を比べて感じた違和感をどうにかして埋めたかったんだと思う。 ※ 『ねえ、ちょっといい加減にしてよ。私、あなたの相手をするほど暇じゃないの。良い子だから、あっちに行ってて』 『やだ、お母さん行かないで! 僕と一緒にお話してよ!!』  母親は父親との結婚を機に歌手を引退したけど、その間も芸能界で働いていたから多忙な人だった。いや、仕事をすることで俺や親父の存在を忘れたかったのかもしれない。 『奥さま。坊ちゃまもこう言っておりますし、少しお相手をなさって差し上げてはいかがかでしょうか?』  ある時さ、俺があまりにもひどく泣いているのを見かねて、爺やがお袋に俺と遊んでやれって声をかけたんだ。それであの人なんて言ったと思う? 『なにを言ってるの? 子どもなんてほっといても勝手に大人になる(育つ)わ。「母親」()が面倒見なくても別にいいじゃない。それに今は私の弟がこの子の面倒を見てくれているわ。それとも、あなた達は次期当主である人間(静流)の教育を一切しない現当主()は許せても私は許せないとでも言うつもり?』  もうツッコミどころ満載だよね。あの当時のお袋は二十七か二十八ぐらいだったかな? 今思えば、大人の女っていう感じは一切なくてまるで幼い子ども(少女)みたいだった。  まだ歌手として売れている時期に許嫁と結婚させられて、自由のなくなった状況であの親父と顔突き合わせ、周りから子どもをさっさと産めって言われ続けていた彼女は――孤独でさびしかったんだと思う。 『ふざけないでよね。あなたたちが大切に育ててきたお坊ちゃまはとんだ変態じゃない。許嫁を差し置いて仕事仲間である男と仲良くして、私と結婚した後もそいつが世界で一番大切な存在? 馬鹿にしないでよ!!』  お袋は俺が幼稚舎の年少、年中組だった時は結構家にいてくれた。だけど、いつだって俺を爺やメイドに任せひとり部屋にこもっていた。  俺の顔を見かける度に親父とその不倫相手の愚痴を一人言い始めて、時たま家に帰ってきた親父を見つけてはヒステリックに叫びながら詰め寄って、親父に怒鳴られ罵られ叩かれていた。  そういうことがあった翌日に彼女は必ず寝込んでて、爺やが町医者を呼んでいたよ。

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