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 俺はわざわざ化け物の巣に飛び込んで、御前立てしたんだ。赤ずきんなんかよりずっと無知で愚かだよ。 『ねえ、叔父さん。お母さんにジキトウシュとしてみんなと仲良くなりなさいって言われたよ。どうすれば、みんなと仲良くなれる?』  叔父の家に入ると叔父は執事のように俺の世話を甲斐甲斐しくしてくれる。自分でなにかをやろうとすれば笑顔で怒られるのがわかっていたし、嫌われたくないと強く思っていたから俺は彼の「可愛いお人形さん」になるよう徹した。 『そうだね。静流くんは天使みたいだから、叔父さんとやるようなことをみんなとすれば直ぐに仲良くなれるよ』 『本当? でも、僕、あれ、なんか好きじゃないし、それに……』  あの当時、俺はもそれを行う叔父も怖くてしょうがなかった。  普段ニコニコと笑顔で優しい叔父が、ベッドに入ると獰猛な野生の肉食動物のように変貌するのが恐ろしかった。  押し倒され、貪るように体を食まれ、舌を這わされる。嫌だという拒絶の言葉は唇で手で性器でふさがれて口にすることも叶わない。  自分がまるで草食動物にでもなったような、このまま食べられてしまうんじゃないかという恐怖。叔父との一件があってからは、テレビのドキュメンタリーとかでサバンナの世界を特集をしてるような番組見ると君が悪くて、チャンネルを変えちゃうんだよね。 『あれ……上手にできなくて、いつも失敗ばっかりしちゃうし。やりたくないよ。それに他の人ともやるのも、なんだか怖いよ』 『最初は誰だってそうだよ。みんな、あれをいっぱい色んな大人の人と練習して上手になって、パパやママになるんだ。でもねそれはお友だちや先生、パパやママにしゃべっちゃいけないよ。練習は子どもの時からこっそりやるっていう決まっているんだ』  大人が性行為も知らない子どもに性交渉を行うことほど異常なことはこの世にない。俺は外の世界を知るまでそんなことすらわからなかった。  大の大人、ましてや親族が未成年の子どもにそれを強要するのは虐待で犯罪であることを知ったのに。それでも、それを受け入れれば俺の心の均衡は保てないから自分はそうじゃない。叔父から愛されているんだと自己暗示をかけた。 『お母さんやお父さんもいっぱい練習したの?』 『…………あの二人はね、たくさん練習をしなかったから立派な大人になれなかったんだよ。練習しないで本番をすると恋愛依存症っていう、こわーい病気にかかって自分の子どもを育てずお外の人を大好きになっちゃうんだ。パパやママのお仕事を忘れてね。だから静流くんはああいう風になっちゃ駄目だよ』  叔父に両親の話をすると、なぜか不機嫌になることは理解していた。だけど俺は親父とお袋の話をしょっちゅうしていた、どうすれば愛されるかアドバイスをしてほしかったんだ。  だけど、そういう日は平常よりも荒っぽく乱暴に扱われると学んだのは、小等部の三年生になってからだった。  遅い、遅すぎる。何もかもが手遅れだ。 『さあ、おしゃべりはおしまい。ベッドに横になって。叔父さんといっぱい愛し合う練習をしようね。叔父さん静流くんが世界で一番大好きだよ』 『うん、わかった。僕、頑張る! 叔父さん大好き』 ※ 「…………」 「ジャックがいつか言った通りだったよ。認める。……俺は親父に似ているから叔父さんの性欲処理の相手として扱われただけ。可愛がってくれたのも、色んなものくれたり、連れて行ってくれたのも叔父さんが親父にやりたかったことを俺で再現しただけだ」  流石に夕方近くになってくると風がヒューヒュー吹いてきて寒いな。腕を擦りながら赤いグラデーションがかかった空を見上げた。 「それでもね、今まではそれを否定しないと生きてこられなかったんだ。でも、なんでかな? 今は……もっと早くにあの人の元を去っていれば、不特定多数とあんなことし続けずに済んだのかなって後悔している自分がいるんだ。わけわかんないよね……」  笑って誤魔化そうとすれば、静流が首を横に振った。  そして――悲し気でどこか気高くもある笑顔で微笑んだ。柔らかな赤が彼の肌に映えていて、まるで西洋の美しい絵画に描かれる天使のようだった。 「――きっと静流は生き延びるために『愛されてる』『愛してる』って思いこもうとしたんだよ。人によっては君のそのあり方、生き方を間違っていると強く非難したり、糾弾するかもしれない。だけど……やっぱり僕にとって君はすごい人だよ。誰かを『愛そう』と『愛されよう』と努力するなんて僕には到底できなかった。ましてや自分の弱さと向き合って、手遅れになる前にそこに気付くなんて……そんな真似できないよ」  ジャックにそういう風に言われるとなんだか体全体がムズムズして熱くなってきた。俺は立ち上がって頭の後ろをかきながら、視線をうろつかせる。 「じゃあお店も辞める手続きしなきゃだね。オーナーが残念がるだろうけど、そこは気にしないで。ていうか、少なくとも先生とはちゃんとけじめつけなよ。じゃないと流石に失礼だからね」  あー、もう!! なんでこんな時にまで先生の話が出てきちゃうんだよ! ちょっとうっとおしく感じて耳を塞ぐような動作をしながら横を向いた。 「わかってるよ。先生には色々とお世話になったし、そこんとこはちゃんと辞める前にはっきりさせるから!!」

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