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 それよりも俺はジャックに言いたいことがあるんだよ!  じわじわと熱を帯び火照った両頬を二回叩いて気合いを入れ直し、彼のハシバミ色の目をまっすぐ見つめる。 「あのさ、ジャック……権兵衛に出会う前まで俺の世界はモノクロだったんだ。だけどお前と関わっていくうちに徐々に、少しずつだけど色がついていった。お前と出会えてよかったよ。すっごく感謝してる。マフィアとかわけわかんないけど、店辞めた後もこれからもずっと一緒にいてくれよな」 「……」  そして、手を伸ばすがジャックは俺の手を握り返してはくれなかった。顔を俯かせているので今どんな表情をしているのかが一切読めない。 「ジャック?」  そのまま顔を覗き込もうとしたら強い力で手をひっぱたかれた。 「何度言えばわかるの? 僕と君は友だちじゃないって言ったはずでしょ」  ジャックは地を這うような声でそう言って気だるげに立ち上がった。その目は完全に据わっていて怖い。 「殺そうか。君の叔父さんみたいにさ、親だったやつらもその周りの連中も、みんな。全部全員、君を苦しめてきたやつらを消してもいい。お金はいらないし、君が僕に依頼したなんて絶対口外しないと約束する。出血大サービスで請け負ってあげるよ。餞別にどう? 君が首を縦に振れば直ぐに計画を立てて実行するよ」  ジャックの言っていることは現実味がなくて、本気で言っているのだとしたらあまりにも恐ろしすぎる内容で、背筋が凍る。俺は慌てて周囲を見渡して辺りを確認した。もしもこの場所に他の人間がいて話を聞いたら、人々は彼のことをどう思うだろう? 頭がガンガンしてきて心臓が嫌に大きく鼓動を打つ。 「なに言ってんだよ。確かにあの人達のことをよくは思ってないし叔父さんがいなくなって正直清々するところもあるけど、わざわざお前が手を汚す必要なんかこれっぽっちもないだろう。これ以上血で染めてどうすんだよ!? それに餞別って――俺はお前とこれではい、さよならなんて気はこれっぽちもないんだけど!」  するとジャックは肩を揺らし、喉を鳴らしながら笑い出した。至極楽しそうな様子で。 「本当にマフィアがどういうものか知らないんだ。なら、教えてあげる。殺人、薬の密売、人身売買が正義な世界で、暗殺者として雇われ数えきれないぐらい人の命を奪ってきた。だから君の周りの連中を殺したって大したことないんだよ。でも、君が望まないならやめておく」  ジャックの瞳はいつもとは違い、深淵のような深い闇を帯びていた。覗き込めばこちらも引き込まれてしまいそうなそんな危ういほの暗さをたたえている。俺はその目を向けられて、蛇に睨まれた蛙のように体を強張らせた。 「……だとしても俺はお前に助けてもらったり、救われた! お前の隣にいたいって思うこの心は自由だろ!?」 「僕のような狂人に救われた。信じ、隣にいたい? おっかしい! 死ぬ間際に命乞いするクズなら山ほど見たけど、危険だとわかっている化け物に自分から近付こうなんて考える人間に会ったのは初めてだよ」  すると、いきなり胸元を拳でドンと殴られた。然の痛みに驚き尻餅をつきかけるが、足に力を入れ地面を踏みしめて倒れるのを防ぐ。  すると直ぐ目の前にジャックの顔があった。後数cmで唇が触れてしまいそうな近い距離に。  それなのに――こんなにもそばにいるのに、どうして彼が手も届かないぐらい遥か遠く彼方にいるような気になってしまうんだろう。 「浜田権兵衛は、はじめからこの世に存在しないんだよ。京一さまのお遊びのために作り出された架空の人物だ。僕が、あの学園を去ったと同時に彼は消えた。今お前の目の前にいるのは、京一さまに飼われたマフィアお抱えの殺し屋ジャック(イヌ)なんだよ」  胸倉を掴まれ、耳元で内緒話でもするみたいに囁かれる。 「僕はね十歳の時に両親と六人の兄弟をこの手にかけた。食べ物や飲み物に毒を盛って、弱ったところをナイフで切り裂き家に火を放ったんだ」  嘘、だろ。十歳の幼い子どもが、ジャックが家族を殺した。親兄弟を。なんで……どうして……?  心臓が早鐘を打ち冷や汗が頬を伝う。ジャックにそのまま放り投げられて、とうとう銀杏の葉の山に尻餅をついてしまう。彼は感情のこもってない目で俺を見下ろしてきた。 「僕がジャックと名付けられたのはね。うちのマフィアの初代がトランプ好きでトランプを元に上下関係を決めてるから。だから、ジャックは僕を含めて四人いるの。でも京一さまがボスになってから、他の三人はそのコードネームで呼ばれたことが一度もない。何故だと思う」 「……名無しの権兵衛は一人でいいから?」 「違うよ。京一さま立から人の殺し方を教えられて僕に一番あった武器は刃物だった。裏の世界で仕事をしているうちに僕はこう呼ばれるようになった――切り裂きジャック(ジャックザリッパ―)。名無しの権兵衛が人を切り裂く。だから僕はジャックで、この国では権兵衛と名乗っていたんだ」

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