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「ふざけるのも大概にしてよ! 僕の話聞いてた? こんな殺人鬼相手にどうかしてる!!」  俺の腕の中から逃れようとジャックが暴れはじめる。だけど、俺の方が身長も体重もあるし、こっちだって伊達に空手や柔道、テコンドー、拳法やら習って全国大会で賞総なめにしてきた過去があるんだから、そう簡単に逃がさないぞ。  「悪いけど俺、頭のネジ何本もなくしちゃってるからね。普通のやつと比べてぶっとんでんの。学園で俺が暴れてたの、お前が一番知ってるでしょ!? 見た目美少年で勉強ができるって言っても、頭ん中は脳筋野郎なんだよ。そこんとこ舐めんな!!」 「とにかく僕みたいな人間とお前みたいな一般人は関わっちゃいけないんだよ! 離せ!!」  刺されたとしてもお前にこの気持ちを全部伝えるまで絶対、離すもんか。彼の体を押さえつけながら言葉を発した。 「お前が人を殺めたっていう事実は変わらないし、変えようもないよ。暗殺者だ、殺人鬼だなんて聞いただけで身の毛がよだつし絶対に関わりたくないって思う。けどそいつがジャックであり、権兵衛でもあるんだ。俺が今日まで一緒に過ごしてきたジャックも権兵衛も自分の欲望を満たすことに徹して、人を殺す快楽を求めるような人間には到底思えないよ!」 「それはお前が僕のことを知らないから、そんな能天気な発想ができるんだ。本当の僕の醜悪な姿を知ったら、お前だって自分が間違ってたって気付く! 一緒にいない方がよかったって後悔する日が必ず来る!!」 「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないだろ!! だって俺はお前が言う本当の姿っていうのを知らないんだから! 権兵衛も俺の前にいたジャックも偽りだっていうのなら、お前のことを醜悪と思うか思わないかなんて、俺自身にだってわかんないよ……」  ジャックは一瞬傷付いたような顔をしてから無表情になった。するとまるでさっきまで抵抗していたのが嘘みたいに、全身の力を抜いて俺の体に身を委ねるようにもたれてくる。  ――俺はお前を傷付けてしまったの。  どうして人と人を繋げるはずの言葉や文字が時には鋭利な刃物になってしまうんだろう?   言葉や文字といったツールをわざと人を奈落の底まで突き落とし、死に至らしめる為に利用する人達がこの世界にはいる。目に見える暴力は奮ってない、身体に痕が残るような危害を加えていない。だから別にいいだろう? とこれみよがしに彼らは訴えてくる。  逆に、誰かを助けたいと思っているのか思っていないのかしれないけど、ずっと暗闇にいた人をヒョイとすくいあげたり、道に迷っている誰かの光になったり道標を紡いでくれる温かい人達がいる。  時には人を殺す毒となり、時には人を生かす薬となる。はたまたどちらにもならず大した意味なんてなくて、あっという間に忘れらさられてしまうことだってあるんだ。  なんてあやふやで曖昧なものなんだろう。そんなものは最初からこの世になければよかったのにと昔は何度も思った。  心が心臓や頭の中にあってそれを相手に丸ごと全部見せられたらいいのにって、願ったりもしたよ。だけど心がどこにあるかなんてわからないし、まずそれが本当に存在するのかどうか定かじゃない。何より現代の科学で自分の思いをまるまる具現化してくれる便利な機械はない。  だからどんなに嫌でも、伝わらないもどかしさを味わっても、誤解されることが苦痛だとしても言葉や文字に思いをのせるしかないんだ。 「十歳の子どもが家族を殺したなんて聞くに堪えない話だよ。遠くの国にいるまったく知らないやつがやったんだったらきっと叩いてけなして、すっきりしたら忘れたと思う。俺はそんなに心がきれいでも優しくもないから。変わりたいと思っても今すぐいきなり変われることもできない。言い訳でしかないけど、ずっと自分のことも周りのことも蔑ろにしてきて、相手の気持ちを考えるほどの余裕も時間もなかった」  彼の色を失い白くなった頬を包み込んで上を向かせ、唇をそっと額に押しつける。 「けど……俺の大切な人の人生が狂わされて、今も苦しみ続けているっていうのなら話は別だよ。子どもだったお前がそんな方法をとったのは、なにかどうしようもないぐらいに悲しい出来事があって……その時は、それ以外に生き延びる方法を見つけられなかったからじゃないの?」 「それは、」  ズボンのポケットに入れてあったハンカチを広げて血を流している手にあてがう。ジャックはびくりと肩を跳ねさせ、その拍子に刃物が地面に向かって滑り落ちた。 「ごめん。ずっと気付けなくて。いつも隣で寄り添ってくれたり、なんだかんだ言いながらも俺のことを心配してくれたのは、きっとお前も同じような痛みや傷を抱えながら生きてきたから。そうだよね」  ジャックは船に乗っていた時のように泣きだしそうな顔をして「違う! 違う!!」と小さく拒絶の言葉を呟いた。それは小さい子どもが涙を流すのを必死に我慢している姿と似ていて、胸が痛いほどに締め付けられた。

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