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「あの京一が涼太に手を出した人間に生温いことをするなって思いつつ……真実から目を背けた。でも、それじゃ駄目だったんだ。これはお前があいつの指示を無視して独断でやったことなんでしょ」
ジャックはこの世の終わりのような、絶望に打ちひしがれたような面持ちで悔し気に唇を噛み締め、目を伏せる。それは無言の肯定だった。
「こんなことをしているのが京一にバレたら、お前があいつの怒りをその身に受けなくちゃいけないことぐらい、マフィアがどういうものか理解できない俺でもわかるよ。そんな身の危険を冒してまで俺のことを守ってくれてたんだね」
俺は危ない橋を渡ろうとしている。
この気持ちを告白してしまえば、お前が今までしてくれてきたこと全てが水の泡になってしまうし俺自身も日の当たる場所には帰れなくなってしまうかもしれない。それでも彼のことを知れば知るほど、彼が自分の為にしてくてことを思えば思うほどに、愛しさが募っていく。
ただ、この人を守りたい。慈しみたいという気持ちが溢れかえりそうになる。もう自分にも相手にも嘘は吐かない。――俺は学園にいた時から、お前にずっと惹かれていたって認めるよ。
「たとえ……世界中の人が敵になっても、俺は最後の最期までお前の一番の味方でいると誓うよ。どこにいても、どんな時でも。神さまがそれは罪だと言って地獄へ落ちることになったとしても後悔なんかしない」
ジャックがハンカチを胸元でギュッと皺になるぐらい強く握りしめているせいで、どんどん血がにじんでいく。その行為を止めさせようとしたらドンと肘鉄を食らわされて体勢を崩す。
「どうして、僕はどこで間違ったの? |ま《・》|た《・》取り返しのつかない過ちを犯ししたの? 君にそんな言葉を言わせたくなかったのに。僕は君みたいにきれいな人間じゃないんだ。……身も心も魂さえも、穢れてる。神に贖罪をしても、足を洗うことをクイーン が許したとしても、法の下で裁かれ死を迎える日まで牢獄にいたとしても死で贖ったとしても、この|汚れ《罪》は永遠に消えない」
彼はそのまま走り去ろうとした。ちょっと、待ってよ。そんな血だらけで街中走るとか変に目立っちゃうじゃん!
「ジャック、やめなって。その怪我でどこ行こうとしてんだよ。病院に行こう!」
二の腕を掴んで対面するようにこちらを向かせる。
「平気、これぐらいの怪我はいつものことだから慣れてる」
「馬鹿、何言ってるの!? 痛いことに慣れないでよ!」
「うるさいなっ! 黙れよ!!」
ジャックは俺の手を振り払い、鬼のような形相で怒りを顕にした。こんな感情をむき出しにした彼は初めてで衝撃を受け、息を呑む。細い肩を上下させて目を血走らせながら口早に喚き散らした。
「僕は君なんか世界で一番大嫌いだ! 顔も見たくない。触れるのだって虫唾が走る。全部、全部不快だよ。君のせいで僕はいつもの|ジャック《僕》でいられなくなった! 君なんかと――出会わなければよかった!!」
「……お、落ち着きなって。お前の気持ちはわかったから、ね?」
矢のように鋭い言葉を容赦なく雨のように浴びせられて、俺の胸に痛みが走る。ジャックは目を三角に吊り上げたまま更に食ってかかってくる。
「わかってない! わかってないよ、静流は僕の気持ちなんてちっともわかってくれない!! ――お前と出会わなければ、こんな、こんな……こんな自分に嫌悪する日だってこなかったのに……なんで、こんな」
彼は血がいまだに止まらない手で自分自身を抱きしめるようにして体を縮こまらせた。
「……僕だって、ただの浜田権兵衛として君と出会いたかったよ。でも僕はこの国で生まれ育った人間じゃない。そして、京一さまの気まぐれな施しがなければ、やつらに復讐していなければ、十歳の時に既に死んでいた。汚い大人達に惨殺されてこの世にいなかった……君と永遠に会えなかったんだ」
だからとジャックは空気に溶けて消えてしまいそうな儚げな笑みを浮かべた。
「きれいなまま、真っ新な僕の状態で君と出会う夢を願った……願わずにはいられなかったんだよ」
きれいなまま? まさか、ジャックも――誰かに体を弄ばれた過去があるっていうの。
俺は絶句した。
いざ、彼の過去に何があったのか踏み込めない。心が彼について知りたいと訴えているのに、脳がそれを全力で拒絶する。ようやく自分の嫌な過去に向き合えたのに、これ以上似残酷な話を聞いて傷付きたくないと拒否反応を起こすんだ。
なんと声をかけていいか考えあぐねているうちにジャックの方が先に口を開いた。
「――僕みたいなのが側にいても辛い思いをするだけ。僕はお前の未来を奪って、自分と同じ底なし沼に落としたくないよ。静流、君が平穏無事に生きて仲間や愛する人たちと幸せになってくれれば、それで十分なんだ。他に何もいらないんだよ……」
例えお前にとってそれが幸せだとしても、俺の幸せはそこにはないことが一向に伝わらない。思いは一緒なはずなのに、どうしてこんなにも擦れ違わなければいけないんだろう。このまま平行線を描き続け、交わることなどないのだろうか。
「ジャック、俺は……」
血だらけの手に触れようとするとジャックは明らかに動揺した。
「駄目だよ、静流! 触っちゃ駄目!!」
そうして俺を撥ね退けるようにして走りだす。どんなに大声で叫んでみても振り返ってはくれない。
とにかく、地面に落ちたままの血だらけの刃物をそのまま放っておくわけにいかないから、脱いだ上着で包(くる)み追いかける。でもあいつの姿は既になく道行く人達が訝しそうな目付きでジロジロと見てきて、奇異の目にさらされるだけだった……。
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