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6月8日~出逢い④~

(歳は、三十くらいか?)  紫苑には”働く”ということはまだよく分からないが、大人には色々あるのだろう。深い眉間の皺が物語る彼の苦労を、紫苑が理解するにはまだ早い。  だけど、そんな時こそ、性欲を発散させてしまえばいいのにと思う。  自分は嫌なことがあるとセックスで忘れていた。嫌なことがなくても、どこか物寂しさを感じれば適当な相手を探して心も身体も満たしていた。  この男にも、それを味わわせてやろうか。  色素の薄い髪。白い肌。目尻の泣きぼくろ。薄い唇。スッと通った鼻筋。そして、数多(あまた)の男によって開発された敏感な身体。身体の方は実際に触れ合わないと分からないが、顔だけでも百点、いや百二十点はあると自負している。  さらに、この勝ち気なつり目が快楽の涙に濡れる時が最高に色っぽいのだと、紫苑と寝た男たちは言う。隣で暢気(のんき)に寝ている彼も、必ず(とりこ)になるはずだ。  紫苑がにやりと口角を上げた時。タクシーはとあるマンションの前で止まり、運転手が後部座席を振り向いた。 「お客さん、着きましたよ」  男は起きる気配がないので、紫苑がその肩を強く揺する。 「お兄さん、着いたって」 「ん……」  タクシーのドアが開き、夜の空気が車内に流れ込んでくる。閑静な住宅街だった。  覚束ない手つきで料金を支払いタクシーから降りた男に続いて、紫苑は運転手に会釈をしてから降車した。  そのマンションは五階建てで、特別高そうな感じもしない、普通のものだった。 「ほら、早くおいで」  少し気だるそうな声が紫苑を呼ぶ。  彼の後ろに付いて行き、エレベーターに乗り込んで四階へと向かった。  そこの一番奥の部屋の前で彼の足が止まる。  表札には『森岡』の文字。どうやら彼は森岡というらしい。

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