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第60話

俺に理性なんて保つ必要ないよ、透……。 抱いてほしい。抱いて、抱いて……! 透は結空から視線を外し、何かを考え込むように空の方を仰ぎ見る。 結空を安全に送り届ける策でも考えているのだろう。 一方で結空はまだ諦めることができないでいた。 どうしたら透が触れてくれるのか、抱いてくれるのか、そんなことばかりを想像し思案に暮れる。 結空は痺れを切らし再び口を開いた。 「あのさ……避妊薬は絶対持ち歩けって言われてて、それだけは持ってるんだ」 「結空……」 透に気を持たれたい。口説き落としたい。 「透に抱かれることばかり考えて、気がおかしくなりそうだ。こんなに透のことばかり……おかしいよな。本当に……俺と透は……結ばれる運命なのかも……」 「……っ」 透が結空を抱く腕に力を籠める。 胸の奥がきゅっと音を立て、甘く軋んだ気がした。 抱きしめられている締め付けが温かく心地よい。ほっとする。 透は結空の髪にキスを一つ落とし、その後ゆっくりと歩き始めた。 「結空……。取りあえず、帰ろう。俺の家、今日誰もいないんだ。結空の家は?」 「親は居る。あいりは、どこか遊びに出掛けてるかも。彼氏いるみたいだし」 「そうなんだ。あいりちゃんに彼氏かぁ。結空に似て可愛いもんね、あいりちゃん」 「可愛い?そう?俺とどっちが可愛い?」 言ってからハッとする。 自分は何を口走ったのだろう。妹のあいりと兄である男の自分。誰が見たって比較すべき対象ではないのに。 「ご、ごめん!俺、変なこと、言った!忘れてっ」 こんなことを言ってしまったのは自分の中に流れるΩの血のせいなのだろうか。 結空は透に可愛いと言われたあいりに嫉妬したのだ。 「ううん。なんか……嬉しい。俺の言葉にヤキモチ焼いてくれたのかなって……。結空、可愛い。俺は子供の頃から結空ひとすじだったよ。今まで彼女も作ったことないし。だから俺、好きな人はずっと結空一人。あいりちゃんをそんな風に意識したことは一度もないよ」 「透……」 透からの一途な愛の告白。それを受けた結空は頬を更に上気させた。 結空が透から与えられた幸福感は身体中を駆け巡り、脳内でΩ特有のホルモンへと転化して、麝香の香水に似た香りのフェロモンが大量に溢れ出す。 透が一旦足を止め、はっと息を吐いた後、何かを振り払うかのように頭を振った。 「結空、俺の家、くる?」 誰もいない透の家。 「……いく」 結空は頷きながら胸を震わせた。

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