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第62話

冷えて乾いた空気の中、風を切って自転車はぐんぐん進んでいく。 力強くペダルを漕ぐ、その脚力にすらうっとりとしてしまいそうだった。 反対の立場だったら?もし自分が透を乗せて自転車を漕いだならば、こんな風に力強くペダルを回せる気がしない。 多少乱暴にされてもいい。その力で組み敷かれたい。 そんなことばかり考える。 これじゃいけないと思う気持ちも残っていて、流れる景色を意識的に目で追って、身体の中心に集まる熱を、どうにか散らしてやり過ごそうと試みた。 けれど透に密着して、布越しに伝わる体温と、透の優しい懐かしいような匂い、何より優秀なαを感じさせてくれる独特のフェロモンが結空を刺激し身体をぐずぐずに溶かしてしまう。 早く……、早く……ーーー 透の家に到着する頃には、結空の息は上がり、まるで発熱でうなされているかのように身体には力が入らない状態となっていた。 「結空、つかまって」 「うん……」 ここまで本格的に発情したのは初めて曽根崎に抱かれた時以来だ。 あの時も自制が出来ず、強請るようにして曽根崎に抱かれたことを思い出す。 身体と心が強い肉欲と拒絶とでばらばらに作用して気持ち悪いと思った。 けれど今は……。透としたらどうなるんだろう……。 結空の胸ははち切れんばかりに期待で膨らむ。 透に肩を借りて自転車から降りた。 見慣れた透の家に、どこか安堵感を覚えた。 自分だけは例外となってしまったが、βだけで構成されたごくごく一般的で下流階級な家に住む結空から見れば、透の家はとても大きく、屋敷と呼べるほど立派で、子供の頃から随分と裕福そうに見えたものだ。 それは今でも変わらない。 変わったことといえば、自分達を取り巻く環境だった。 αである透は、何をしてもしなくても、常に人の中心にあり人気者だった。 そんな透がどんどん離れていくのは、自分がβなのだから、ごく自然なことなのだろうと受け入れてきた。 このまま大人になっていずれ縁は切れるものとすら思えた。 それがこうして、形は変われど、お互いに引き寄せられている。 運命というものが本当にあるのかもしれないと思ってしまうのは、おかしなことだろうか。 透が家の門扉を開け、結空を招き入れる。 「結空が家にくるなんて何年振りだろう?小学校以来かな」 「うん……もしかしたらそうかも」 「だよね。……またこうして結空と過ごせるなんて、嬉しいよ」 「……」 ーーー俺も。 気恥しくて言えなかった。

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