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第88話
「αの男を漁りに転校してきたΩって」
αの男を漁りに……?
結空は意味が飲み込めず、目をぱちくりとさせた。徐々にぼんやりとした思考がクリアになっていき、意味を解すると同時に沸々とした怒りにも似た感情が胸に沸き上がってくる。
Ωだからといって、いくらなんでも失礼じゃないだろうか。
月の公転周期で1ヶ月に1度フェロモンを爆発的に放出するが、年中発情してるわけではない。それに人にもよるのだろうが、いつでも番となる相手を探して生きているわけでもないのだ。
αやβのようにΩも同じ人間でみんな同じように学校に通っている。それはもちろん勉強をするためだし平等に与えられた権利を行使しているだけ。
それなのに……。
ルイにどうしてそんな噂が立ってしまったのだろう。
「……そんなことあるわけないよ。だって親の都合で転校してきたって言ってたし。仮にΩだったとしてもまさかそんな理由で転校してくるなんて考えられないなぁ」
「だよな。変な噂だな。あ、そうだ、赤峰は結空の隣の席に座ってるだろ」
恭也が急に何か思い出したように言った。
結空は恭也の大人しそうな鼻の頭にうっすらとそばかすのある顔に目をやる。
「うん」
「あれってΩ同士仲良くしろって担任の計らいだったのかな」
「もしかしたらそうかもね」
だとしたらかなり差別的な扱いを受けたことにならないだろうか。
かといってあと1年で卒業する、こんな時期に転校してくるなんて、ルイの心細さや不安を慮り担任が考えてしたことかもしれない。
そう思うと、多少同情の念も涌く。一概に差別だと担任に抗議する気は起きなかった。
Ωになり体の変化以外はあまり変わりないなんて思っていたが、結空の気づかないところで端々にこうして変化は訪れていた。
翌日の昼休み。
結空は持ってきた弁当を机に広げた。
「結空今日は弁当なの?」
恭也が「うまそー」と言いながら結空の弁当を覗き込んでいる。
「うん。小遣い節約したくて」
「そっか。じゃあ俺今日は購買で何か買ってこようかな」
「うん。行ってらっしゃい」
結空は自分と似たような黒髪ショートの恭也の背を見送り、再び弁当へ向き合った。
母親に作ってもらったものだが、弁当箱の中にある卵焼きが、甘じょっぱいなんとも絶妙な味で、結空の大好物だった。
これは最後にとっておこう。
そんなことを考えて、隣のポテトサラダに箸をつけたその時、隣の席から強い視線を感じ箸を止めた。
何か興味深いことでもあったのか、ルイが結空と結空の弁当を交互に見ていた。
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