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第98話

ショックだった。 二人の後ろ姿を呆然とただ黙って見詰め、手の指先の震えに気付き、隠すように手を握る。 傍らにいた田所の手が結空を慰めるかのように頭にそっと置かれた。 「いいのかよ矢萩。あいつら止めなくて」 「できない……だって……」 行かないで、ルイと一緒に歩かないで、自分だけを愛して欲しい─── 本当は叫びたかった。 でも果たして、自分にそんなことを言う権利なんてあるのだろうか。 「曽根崎の考えも、わからないでもないな」 「だとしても結空を試すようなことをしたのは許せない」 「え?」 金子と透の会話についていけず、結空はただ戸惑うばかりだった。 困惑の中でただ一つ、はっきりと感じたことはある。 全てはΩに転化した自分に原因があるということだ。 ──いつの間にか曽根崎のことを好きになってしまったけれど、Ωだから自分は大事にされていたのだと彼らの後ろ姿を見て感じた。 矢萩結空という一人の人間として自分を好いてくれているわけではなかったということだ。 Ωじゃなければ別の未来が待っていた筈。 (きっと曽根崎には、俺の気持ちなんて関係ない……) 眦に涙を滲ませ俯くと透に肩を抱かれた。 「結空、教室まで送るよ。ちょっと匂い出てるし危ないから。行こう」 結空は黙って頷いた。 透の手は力強く、安心できる。 しかし曽根崎の手に安心したことなんてあっただろうか。 考えるまでもないだろう。 あいつが自分勝手で強引で乱暴なのは今に始まったことじゃない。 けれどあの力強い腕でルイを抱くのかと思うと胸がぎゅっと引き絞られるように苦しくなる。 ───好きだから。 透に腕を引かれながら特進クラスのある棟を出た。 「透……」 「ん?」 「俺、透だけを好きになりたい」 「結空……。俺はとっくに結空一筋なんだけどな」 「あ……ご、ごめん……」 一途に結空を思う透に言うべき言葉じゃなかったと後悔した。 透を傷付けてしまったかもと罪悪感に苛まれながらも、今頃曽根崎とルイはどこで何をしているのかと想像してしまう。 「忘れさせてあげようか?」 「え……」 「結空のことめちゃくちゃにして、俺のことしか考えられないようにしてやりたい」 「透……」 透の嫉妬が痛いくらい伝わってくる。 (俺は透に曽根崎と同じことをしてるんだ……。俺だって最低だ) 「透、ごめん。俺……」 「ダメ。謝らないで。そこで結空に謝られたら曽根崎に負けたような悔しい気持ちになる」 「うん……」 透は結空を見てから目線を上げた。 目線を上げて空を見るのは何か考えている時の透の癖だ。 「透?どうかした?」 「いやぁ。それにしてもあの赤峰ってすごく積極的だね。見た目も可愛いし、言い寄られたら悪い気はしないかも」 「……っ、やだ!ダメ!」

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