112 / 145
第112話
結空は変な違和感を覚えたが、余計な先入観を持って人を判断するのも躊躇われ、変だと思ったのは気のせいだと自分に言い聞かせた。
いくらαを危険視したとしてもあんなに爽やかで人当たりのよさそうな人が何かしてくるとも思えない。
それに発情期はまだ先だし見た目だけで結空をΩと判断し狙いを定めるようにじっと見詰めていただなんてことも考えられなかった。
もしそうだとしたらルイだって見られていた筈だ。
(α全部を獣と思っていたら失礼だよな)
その後、生徒の自己紹介が始まり、結空は何を話そうか考えた。
ここ一年近く、発情期を起因とした体調不良や、薬を買うためのアルバイトなどで勉強は疎かになっていたし塾もやめてしまった。取り柄など何もない。
そういえば最近少し食の好みが変わり甘いものを食べるようになった。スイーツ男子という言葉も耳にする昨今だ。男がスイーツ好きでも別にいいだろう。
結空はその事でも話そうかと考えた。
ルイが自己紹介を終え、結空の番がきた。
結空が立ち上がると、教室内でピィイーッと指笛を鳴らす音が響き渡り結空は辺りを見回した。
すると廊下側にいた赤髪の柏という生徒がにやにやしながら結空を見ている。
口元にある指が音を鳴らす形で留まっていた。
(何あいつ)
普段控えめに過ごしている結空でもムッとした。一体何の意図があってそんなことをするのか。
ざわざわとおかしな空気になった教室を不審に思ったのか片貝は担任に「どうしたんでしょう、これ」と尋ねている。
「あぁ。彼はΩだから人気があるんじゃないでしょうか」
(はぁ……!?)
担任の口からそんな返答がなされ、結空は下唇を噛み締めた。
かあっと頭に血が上るのが自分でもわかった。
バカにされていると分かり、悔しかったのだ。
Ωが世間的にどういう位置付けをされているのか知っているくせに、しかも生徒の第二の性をネタに教育実習生と話をするなんて。
クラス中の視線は嘲りを含み容赦なく結空へ突き刺さる。
手が小刻みに震え、ふざけるな!と叫びたかった。
しかしここで柏に殴りかかっても、担任に抗議しても、自分には何の得にもならない。
きっと倍以上に殴り返されて終わるのだろう。
「矢萩、結空です……」
そこまで口にして、悔し涙で視界が歪んだ。ポロと一滴涙を溢すとそれを合図に瞼のダムが決壊した。
「あーあ、泣いちゃったー」
「柏、お前責任もって慰めてやれよ」
女子生徒達までがくすくすと笑いだし、結空は自分を揶揄する声に耐えきれなくなり、担任の制止する声を無視して教室を飛び出した。
Ωであることを学校でからかわれたのは初めてではなかった。
けれどクラス中がそんな風に結空を見ていたとなるとやりきれない思いに胸が痛くなる。
後先考えずに教室を出て、誰もいない場所を探して廊下を走り抜けた。
どうして自分はこんなに弱いのか。
勉強を頑張ると決めたのに、これでは早速さぼることになってしまう。
しかし教室には戻れない。戻りたくない。
(なんで俺は、なんで……)
机に書かれた心ない落書き。
もしかしたら柏が書いたのだろうか。
でも、クラス中が笑ってた。
柏じゃない誰が書いていてもおかしくない。
色々なことが頭を過るのだが、最後はいつも同じことを考える。
こんな弱い自分が大嫌いだ、と。
ともだちにシェアしよう!