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第119話
「ねぇ結空、もうすぐ発情期?」
「あぁ、そろそろかな。匂う?」
「ちょっとだけ。薬持ってる?」
「まだ大丈夫かと思って家に置いてきた」
「ダメだよ。ちゃんと薬は携帯しないと。いつどこで体調崩すかわからないし、それがきっかけで発情することだってあるんだから。それに結空の身体はまだ未熟なんだから定期的なヒートがこなくてもおかしくないよ。逆にそれはいつヒートになってもおかしくないってことなんだよ」
「わかった、わかった!家帰ったらすぐ薬飲むよ!ていうか透、口うるさい母さんみたい。ほら、次の授業始まるぞ。教室戻れよ」
結空は透の背中を押して帰れと意思表示した。
透は何か言いたげな表情だったが、結空がぐいぐい背中を押すので諦めたらしい。
「じゃ、またあとでね」
結空はすごすごとSクラスの教室棟へ戻っていく透の背中を見送る。
曽根崎はまだルイと話をしていた。
(あいつらは、放っておいていいか)
結空が透から受け取った鍵を見て、生徒会室で宿題でもやろうかと考えていると、担任と片貝が揃って教室から出てきた。
片貝の視線が結空の手にぶら下がっている鍵に移されたのがわかり、結空は慌てて鍵を隠すようにスラックスのポケットへしまいこんだ。
「お前らまっすぐ帰れよ」と担任が周囲へ声をかけている中、片貝はすれ違い様結空の耳元で囁いた。
「寄り道は規則違反だよ」
「……っ」
結空は驚き思わず耳を手で塞ぐ。
もしかして生徒会室の鍵を見て勝手に部屋を使おうとしていると思われたのだろうか。しかし鍵だけ見てそれが生徒会室の鍵と気付くだろうか。
鍵の形はごく一般的なドアの鍵で、家の鍵にも似ているし……。しかし気付かれたとしたら生徒会室の不正利用がばれて咎められるかもしれない。
結空が片貝を見ると片貝は笑って「早く帰りなさいよ」と言った。
きっと考えすぎだ。そう思って結空は会釈し、特進クラスと生徒会室のある棟へ足早に向かった。
生徒会室の前で透から渡された鍵を使ってドアを開け、中へ入り内側から鍵をかける。
生徒会室の不正利用。
そのことが頭から離れず、大急ぎで一連の動作を終えると大きなため息を溢した。
内鍵さえかけてしまえば、誰も入ってこないはずだ。大丈夫。
ほっと胸を撫でおろし、窓のある奥の部屋へ進み3人掛けできるくらいのソファーへ腰かけた。
そこは西日が窓から差し込み、少々暑く感じられるほどだったがその暑さが心地良い。
一旦は宿題を出してテーブルに広げはしたが、取り掛かって少しすると強い眠気に襲われ、結空は身体をソファーに沈めた。
(ダメだ。眠い……。ちょっと寝よう)
結空は誰もいない暖かい生徒会室で、無防備にも意識を手放したのだった。
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